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愛知の旅       犬山市

犬山城
いぬやまじょう
愛知県犬山市犬山北古券65−2
Tel 0568-61-1711


 木曽川の南岸にそびえ立つ犬山城は、文明元年(1469)室町幕府管領、斯波義郷の家臣、織田広近が築いたといわれています。初め木曽川に沿った台地にありましたが、天文6年(1537)現在の位置に天守が造営され、織田与次郎信康が城主となりました。
 信康の子信清のとき織田信長に攻められ落城しました。その後、池田信輝、野田信房と城主を代え、天正10年(1582)信長の死後、織田信雄の属城となりました。
 文禄4年(1595)、石川光吉が入り城を改修し、天守を造りましたが関ケ原の戦いで西軍に属したため、犬山城は東軍に攻略されました。関ヶ原の合戦の後、松平忠吉が清洲城に入ると犬山城はその属城となり、小笠原吉次が城代として入りました。
 元和3年(1617)、 慶長12年(1607)に城主になった平岩親吉が没した後の6年間の城主空白期間を経て、尾張藩付家老の成瀬正成が城主になりました。天守に唐破風出窓が増築され、以後明治まで成瀬家9代の居城となりました。
 別名「白帝城(はくていじょう)」と呼ばれる桃山風の美しい天守閣は、日本最古といわれ、国宝に指定されています。また、日本で唯一の個人所有の城としても有名です。最上階は、現在展望台になっており、ここからは、木曽御岳や恵那山、広大な濃尾平野を一望することができます。


犬山城天守(国宝)
 現在ある犬山城天守は複合式望楼型、3重4階、地下2階、本瓦葺きの建物で、南面ち西面に単層、本瓦葺きの櫓が付いています。桃山時代の慶長6年(1601)に織田広近により築かれた城と思われます。昭和27年(1952)に国宝に指定されています。
犬山城天守


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