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愛知の旅       刈谷市

刈谷城址(亀城公園)
かりやじょうし(かめじょうこうえん)
愛知県刈谷市城町1
Tel 0566-23-4100


 刈谷城は、天文2年(1533)、この地域の藩主であった水野下野守右衛門太夫忠政によって築かれました。水野氏は今川方に属していましたが、忠政の跡を継いだ信元は、尾張で勢力を伸ばしつつあった織田氏に属しました。
 桶狭間の戦いののち敗走する義元の重臣岡部元信により城は焼かれてしまいますが、慶長5年(1600)に水野忠重により再建されました。その後、水野、松平、稲垣、阿部、本多、三浦と城主が代わりました。土井氏が2万3千石で廃藩置県まで在城し、取り壊されました。
 亀城公園は、旧刈谷城の本丸と2の丸の一部にあたります。刈谷城は亀城とも呼ばれ、徳川家康の生母「於大の方」の育った城なのです。於大は初代城主水野忠政の娘として、14歳で岡崎城主松平広忠に嫁すまでの8年間をここで過ごしました。
 岡崎城で竹千代 ( 後の徳川家康 ) を生んだ後、水野氏が、今川方をから織田方についたため、今川方の松平氏とは絶縁となり、天文13年(1544)於大は刈谷に返されました。刈谷城の隣の椎の木屋敷というところに住み、桶狭間の戦い後まで竹千代とは会えなかったそうです。


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