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愛知の旅           岡崎市

勝鬘寺
しょうまんじ
愛知県岡崎市針崎町朱印地3
Tel 0564-51-3443


 寂光山勝鬘寺(しょうまんじ)はJR岡崎駅の西口から、西尾街道と呼ばれる県道を南へ1kmほどいった所にあります。正嘉2年(1258)、三河における最初の真宗道場として、信願房了海によって創建されました。
 当時は矢作川沿いの赤渋にあり、9世・了顕の時には隆盛を極めましたが、水害のため明応5年(1496)に現在地に移転しました。
 永禄6年(1563)、13世・了意の時に三河一向一揆が起こりました。主君徳川家康に叛旗を翻した本願寺門徒の家臣と、家康方に組みした家臣とが敵味方に分かれて戦ったのです。
 勝鬘寺と本證寺(安城市野寺町)、上宮寺(岡崎市上佐々木町)は、三河三ヶ寺と呼称され、松平広忠(家康の父)の代に守護使不入の特権を与えられていました。それを家康の家臣が無視したというのが一向一揆の発端だったようです。
 本證寺第10世空誓(蓮如の孫)が中心となり、勝鬘寺には蜂谷半之亟らが立て籠りました。門徒側には、家康の家臣の本多正信(後の家康の参謀)、蜂屋貞次(徳川16神将)、夏目吉信(三方ヶ原戦役で家康の身代りで討死)なども参加していました。
 蜂谷らは数ヶ月に渡って籠城しましたが、家康によって制圧され、伽藍は炎上しました。その後、家康の許しを得て再建され、末寺道場数は百数十ヶ寺にまでなったそうです。勝鬘寺境内は岡崎市の文化財に指定されています。


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