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愛知の旅           岡崎市

八柱神社
やはしらじんじゃ
愛知県岡崎市欠町字石ケ崎52
Tel 0564-21-3129


 八柱神社は徳川家康の正室であった築山御前の首塚があることで知られています。八柱神社が創建された年代は不詳ですが、紀伊熊野にいた清和源氏の流れをくむ鈴木一族が、源平合戦の際に難を逃れて三河国に移住し、熊野権現を祀ったのが始まりといわれています。
 以来、鈴木氏の氏神として崇敬され、欠町の鎮守の神様として崇められるようになったようです。明治5年(1872)村社に、明治42年(1909)に神饌弊帛料供進神社の指定を受け、昭和4年(1029)に御鍬神社を合祀、昭和9年(1934)に欠町広見西通りより欠町石ヶ崎に移転遷宮し、築山明神宮を本殿下陣に合祀しています。
 築山御前の首塚は老杉に囲まれ、境内から西側に下ったところにあります。築山御前は関口刑部少輔義廣の娘「瀬名姫」で今川義元の養女になり家康の正室になり、長男の信康を産みました。永禄3年(1560)、桶狭間合戦で義元が討死し、信康は、織田信長の娘徳姫と結婚し、家康が浜松城に移った元亀元年(1570)岡崎城主となりました。
築山御前首塚
 信長は、信康の母築山御前が今川方の出身であり、武田方と内通の嫌疑をかけ、築山御前と信康の処断を家康に迫りました。信康は二俣城で自刃、築山御前は天正7年(1579)、家康の命で浜松城西来寺で殺害されてしまいました。その後、岡崎城代・石川数正により埋葬されし築山神明宮を勧請しました。
築山御前首塚


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