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愛知の旅       新城市

長篠城址
ながしのじょうし
愛知県新城市(しんしろし)長篠字市場22ー1
Tel 0536-32-0162


 長篠城は永正5年(1508)に菅沼元成が築き、天正3年(1575)弱冠21歳の奥平貞昌(後の信昌)が城主となりました。現在史跡整備中で石碑などが昔を物語っています。
 天正3年(1575)5月、武田勝頼軍1万5千が、徳川家康の将奥平貞昌以下500名が守るこの長篠城を包囲しました。多勢に無勢、敗色濃厚の奥平勢に向かって援軍要請をして城に戻ろうとした鳥居強右衛門勝商(かつあき)は武田軍の捕縛にあい「援軍は来ないと大声で伝えよ、そうしたら命は助けてやる」と言われ城門前に連れていかれました。
 勝商は援軍来たるの報を大声で知らせ三河武士の意地を見せ殺害されました。織田信長3万、家康8千の援軍は5月18日西方4キロの設楽原に到着して陣を築きました。武田軍は20日、長篠城を攻めるのをやめ設楽原へ移動しました。翌日、織田・徳川軍と武田軍との壮絶な戦いが始まりました。
 数千挺の銃撃にさらされた勇猛な武田騎馬軍団は多くの武将を失いました。勝頼も命からがら敗走しました。鉄砲の時代を確信させる戦いでした。


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