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愛知の旅       豊明市

桶狭間古戦場
おけはざまこせんじょう
愛知県豊明市栄町


 戦国時代に駿河、遠江、三河に強力な勢力を持っていた今川義元が天下をめざして永禄3年(1560)5月19日、大軍を率いて京都に向って進撃していました。織田信長は小勢をもって、桶狭間にいる今川の本陣を奇襲し、義元を討ちとりました。桶狭間古戦場跡で、田楽狭間、または館狭間とも呼ばれていた場所でした。
 夕立の中、太子ヶ根にいた信長は、一挙に義元の本陣めがけて切り込みました。服部小平太が、槍で義元を刺し、毛利新助が首を取ったそうです。2時間という一瞬の戦いでした。ここで戦死した人は、今川軍2500人、織田軍830人ぐらいだったそうです。
 今川治部大輔義元の墓があります。以前は塚だったそうです。明和8年(1771)に建てられた今川義元、松井宗信のほか5人の武将の碑である「七石表」が残されています。文化6年(1809)には桶狭間弔古碑が建立されました。散在していた史跡を整備して昭和63年(1988)桶狭間古戦場公園として整備されました。


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