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愛知の旅       豊川市

豊川稲荷(妙厳寺)
とよかわいなり(みょうごんじ)
愛知県豊川市豊川町1
Tel 0533-85-2030


 豊川稲荷は京都の伏見稲荷、佐賀の祐徳稲荷と共に日本3大稲荷にあげられています。江戸時代から商売繁盛、家内安全、福徳開運の神様として信仰されていて、参拝者は年間600万人にも及びます。
 豊川稲荷には3万坪を越える広い境内があり、700年ほど前の室町時代の開創です。今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、大岡越前守忠相、渡辺崋山などの武人や文人達の信仰も厚く、寺運も隆盛しました。
 稲荷は妙厳寺の境内にあって、通称は豊川叱枳尼真天(だきにしんてん)といわれます。稲荷を祀る本殿は総桧造りで20余年を費やし、昭和5年(1930)に完成しました。境内には100余棟の伽藍があり、寺宝館の地蔵菩薩は国の重要文化財に指定されています。
 豊川稲荷は正式には豊川閣妙厳寺と称し、室町時代はじめの嘉吉元年(1441)、東海義易禅師(とうかいぎえきぜんじ)により、曹洞宗の寺として開創されました。
 永平寺を開山した道元禅師の弟子に、寒巌義尹禅師(かんがんぎいぜんじ)がいます。
 寒巌禅師は二度、宋で修行をし、福岡県の聖福寺に住し、後に熊本県の如来寺を開きました。さらに大慈寺を開創し、九州地方に曹洞宗の基礎を築きました。東海義易禅師は寒巌禅師から6代目の法孫になります。妙厳寺の開創の折、本尊として寒巌禅師伝来の千手観音菩薩像を安置し、山門の鎮守として寒巌禅師自作の 枳尼天像を祀ったそうです。

 禅宗では本堂を法堂(はっとう)とよびます。法堂は豊川閣妙厳寺の大本堂で、本尊に、寒厳禅師が自ら刻まれた千手・千眼観世音菩薩像を本尊として奉祀しています。大法要や、三時の勤行と諸行事をおこなう道場です。
豊川稲荷法堂
 法堂は文化10年(1813)春改築後、天保年間に再建されました。瓦葺き二重屋根で間口13間余(約24m)奥行11間余(約20m)あります。
豊川稲荷法堂

 豊川稲荷の最祥殿は昭和4年(1929)に竣工されました。総桧造りで、間口13間(23.6m)奥行26間(47.27m)の日本式大建築物です。内部は400畳敷きで講中、団体などの信者約千有余人の接待ができる大座敷です。
豊川稲荷最祥殿
 当寺二十九世黙堂禅師の揮毫による「此處最吉祥(このところもっともきちじょう)」の大額が正面に掲げられているので、この建物を「最祥殿」と呼んでいます。立願所すぐ左手に位置します。
豊川稲荷最祥殿

 鐘楼堂は豊川稲荷台本殿の落慶を記念して、昭和12年(1937)に作られました。総檜材作りです。天井より吊される梵鐘は、戦時中に供出されて久しく妙音を聞くことができませんでしたが、終戦後戦没者の慰霊、世界平和および人類の福祉を祈願するために鋳造されました。
豊川稲荷鐘楼堂
 朝夕に打ち鳴らす妙音は、4キロ以上の遠方まで響き渡っています。さらにその妙音は、しばしば「除夜の鐘」の音としてNHKを通じて全国に放送され、人々に親しまれています。
豊川稲荷鐘楼堂


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