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愛知の旅       津島市

津島神社
つしまじんじゃ
愛知県津島市神明町1
Tel 0567-26-3216


 津島神社は、旧国幣小社で、東海地方を中心に全国に3000社あるという津島神社の総本社です。牛頭天王信仰の総本社であり、現在も「津島の天王さま」として、尾張地方はもちろん中部地方をはじめ、遠く東北や関東の人々にも「津島さん」「天王さま」と親しまれ崇敬されています。
 「西の八坂神社、東の津島神社」と並び称せられ、疾病災難避け、授福の神として厚い信仰を受けています。約3万平方mの広い境内には老木が茂り、国の重要文化財に指定されている本殿、楼門が建っています。
 古くは津島牛頭天王社と称し、祭神・建速須佐之男命が、欽明天皇元年(540)、対馬より当地へ来臨したため、津島というようになったそうです。弘仁元年(810)、朝廷から正一位と日本惣社の号を、正暦年間(990-995)に、天王社の号を賜わったそうです。
 祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)で、相殿には須佐之男命のみ子である大穴牟遅命(おおなむちのみこと・大国主命)が祀られています。
 津島神社は、織田、豊臣、徳川から格別の崇敬を受けました。「本殿」は徳川家康の四男で清洲城主・松平忠吉の妻女の寄進であり、「朱塗りの楼門」は豊臣秀吉の寄進、県指定文化財の「南門」は、豊臣秀頼が寄進しています。尾張藩祖徳川義直は社領1293石を寄進しています。
 中世以後、神仏混淆になり、牛王神宮寺を別当寺とし、実相院、明星院、宝寿院、観音坊などを置いて栄えました。江戸時代には、「津島参らにゃ片参り」といわれ、お伊勢参りの折りに、津島神社に参拝することが慣わしとされていました。しかし、明治の神仏分離で諸坊は廃されました。

 津島神社の楼門は3間1戸の檜皮葺きの門で、天正20年(1592)に建てられました。豊臣秀吉の寄進といわれています。細部は和様が用いられ、初重内部の蟇股などにすぐれた意匠を施しています。昭和33年(1958)に国の重要文化財に指定されています。
津島神社楼門
 津島神社の本殿は慶長10年(1605)の建立で、拝殿の奥にあります。3間社流造り、檜皮葺きです。装飾は華麗で、細部の蟇股の彫刻は桃山期の立体写生と、室町末期の平面文様とが混在しています。大正9年(1920)に国の重要文化財に指定されています。
津島神社拝殿
 津島神社の大イチョウは、幹の周囲・5.3m、樹高約25mで樹齢は600年と推定されています。津島神社のイチョウとして県の天然記念物に指定されています。
大イチョウ

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