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岐阜の旅と歴史
岐阜の旅           岐阜市

瑞龍寺
ずいりょうじ
岐阜県岐阜市寺町19
Tel 058-246-2597


 金宝山瑞龍寺は臨済宗妙心寺派のお寺で、金華山の峰続きの水道山西麓にあります。応仁元年(1467)、美濃の守護代の斎藤妙椿が奈良時代からこの場所にあった厚見寺を再興し、悟渓国師を招いて瑞龍寺と改めたのが始まりです。
 瑞龍寺は土岐家の菩提寺として名声を得て繁栄し、境内には七堂伽藍が建ち並びました。後花園天皇から金宝山瑞龍寺の勅額を賜り、土御門天皇から綸旨を賜わるなど、美濃における東海派禅門の中心道場として寺運が隆盛しました。
 織田信長の稲葉山城攻めで、瑞龍寺も兵火で焼失、慶長5年(1600)の関が原の戦いで城主織田秀信(幼名・三法師)が西軍に与したため、兵火で再び焼失しました。その後、文化3年(1806)に隠山禅師が再興しましたが、度重なる兵火、地震、戦災などで堂宇を失い、現在の堂宇は昭和29年(1954)に再建された建物です。
 現在でも雲龍院、鶴棲院、臥雲院、天澤院、開善院、雲龍院の6つの塔頭を擁する大寺です。寺宝である絹本著色土岐成頼像と絹本著色悟渓宗頓像が岐阜市指定重要文化財です。また厚見寺跡と土岐成頼墓、悟渓国師墓が岐阜県の史跡に指定されています。

厚見寺跡(県史跡)
 厚見寺跡は現在の瑞龍寺の境内を中心に立地していたと考えられる寺院跡です。山門西側に塔心礎が残されています。境内からは厚見寺瓦などの文字が刻印された平瓦が出土しています。昭和47年(1972)に岐阜県の史跡に指定されています。
厚見寺跡

悟渓宗頓像(市重文)
 絹本著色悟渓宗頓像と絹本著色土岐成頼像が寺宝として瑞龍寺に残されています。平成12年(2000)に岐阜市の重要文化財に指定されています。悟渓宗頓(ごけいそうとん)は)龍安寺の雪江宗深(せっこうそうしん)の法をつぎ、斎藤妙椿の招きで瑞龍寺を開きました。大徳寺をへて文明16年(1484)に妙心寺の住持になりました。妙心寺東海派の祖ともいわれています。
悟渓宗頓像

瑞龍寺開善院
 瑞龍寺の6つある塔頭の一つである開善院は悟渓下八哲の一人、興宗宗松が開山しています。そして斎藤妙椿の菩提所でもあります。所蔵している紙本著色斎藤妙椿像は岐阜市指定文化財です。
瑞龍寺開善院


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