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岐阜の旅と歴史
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高山城跡(城山公園)
たかやまじょうせき(しろやまこうえん)
岐阜県高山市城山1
Tel 0577-32-3333 高山市観光課


 高山城跡は明治6年(1873)に臥牛山を整備して城山公園となりました。園内には約千本のソメイヨシノが植樹され、桜の名所になり、「飛騨・美濃さくら33選」に選ばれています。紅葉の名所でもあり、野鳥の観察もできます。「日本の歴史公園百選」「森林浴の森百選」にも選ばれています。
 高山城は、文安年間(1444-1449)に飛騨守護職・京極氏の被官・多賀出雲守徳言が天神山城(多賀山城)を築城したのが始まりと伝えられています。永正年間(1504-1521)に高山外記によって標高686.6mの城山山頂に城が築かれました。その後、三木自綱が高山へ進出し、飛騨を平定しました。
 天正13年(1585)、豊臣秀吉は越中富山・佐々成政を攻めました。そして越前大野城主・金森長近に佐々と同盟関係にあった三木自綱攻略を命じました。金森長近は松倉城を攻め落として飛騨を平定し、翌年、秀吉から飛騨3万3千石を与えられました。
  長近ははじめ鍋山城を居城としましたが、天正16年(1588)天神山城跡を利用して高山城を築城し、慶長5年(1600)までに本丸・二の丸を完成させました。本丸屋形は2層3階の天守で、御殿風城郭でした。築城と同時に城下町の整備も進め、三町を町人の町とし、東山に寺院を集めました。
 元禄5年(1692)、高山藩6代藩主・金森頼時の時、出羽国上山藩(山形県上山市)に金森氏は転封され、高山は天領となりました。加賀金沢藩主・前田綱紀が城番として管理していましたが、管理に莫大な費用がかかると幕府へ願い出て、元禄8年(1695)に廃城となりました。
 曲輪、堀、石垣、土塁などが残り、高山城跡として県の史跡に指定されています。三の丸にあった評定場が素玄寺の本堂に、月見殿が東山神明社の絵馬殿に、土蔵が高山陣屋の御蔵へ、二の丸にあった黄雲閣が雲龍寺の鐘楼門へ、城の一部が法華寺の本堂へそれぞれ移築されています。


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