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信州長野の旅と歴史
信州の旅        飯田市

開善寺
かいぜんじ
長野県飯田市大字上川路1000
Tel 0265-26-9026


 畳秀山開善寺は 臨済宗妙心寺派の南信随一の古刹で、本尊は聖観音菩薩です。山門を過ぎると鐘楼、本堂、庫裡が並び、庭園の美しさは有名です。ボタン、ハス、ドウダンツツジなど季節ごとに咲き、風情があります。境内には藤棚と牡丹園もあります。
 寺伝によると建武2年(1335)、小笠原貞宗が元の名僧清拙正澄(せいせつしょうちょう)(大鑑禅師)を京都建仁寺より招聘開山とし、創建されたとされています。暦応元年(1338)に諸山に列し、応永34年(1427)には十刹となり、寺運は隆盛しました。
 室町時代後半になると寺は衰え、明応8年(1499)には火災によって堂宇が焼失しました。松尾城の小笠原信貴によって、天文18年(1549)に復興され、慶長6年(1601)、寺領35石になるまでに至りました。この復興の頃、建仁寺派から現在の妙心寺派に改宗しています。
 開善寺の山門は瑠璃閣ともいわれ、室町時代の前期に建立されました。唐様の禅宗様式で、建造当時は、2階のある三間楼門であった形跡があります。現在は単層切妻造り、銅板葺きです。昭和29年(1954)、国の重要文化財に指定されています。
開善寺山門
 山門は中央通路部分は柱と小脇壁はありますが、扉を入れた形跡がなく、未完成のままの門であったようです。通肘木(とおりひじき)を用いたり、大瓶束(たいへいづか)の結綿(ゆいわた)の形式などから開善寺が中興された天文18年(1549)頃に再建されたと考えられています。
開善寺山門
 開善寺の鐘楼は国の重要美術品に認定されています。また伊那市東高遠の桂泉院には、文和4年(1355)に開善寺で鋳造された梵鐘があり、県宝になっています。総高134cm 口径77.5cm、鋳銅製で、織田軍が武田征伐の際、高遠まで運び陣鐘にしたといわれています。
開善寺鐘楼


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