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信州長野の旅と歴史
信州の旅        長野市松代町

大英寺
だいえいじ
長野県長野市松代町表柴町1314
Tel 026-278-2387


 大英寺の創建は大英寺は松代藩初代藩主・真田信之が妻である小松姫の菩提を弔うために開いたお寺で、寛永元年(1624)に創建されています。小松姫(大蓮院)は徳川四天王の一人として名高い本田忠勝の娘です。後に家康の養女となりました。
 小松姫は元和6年(1620)に死去し上田の常福寺(芳泉寺)に埋葬されました。信之が松代に移封の際、松代に改葬され御霊屋や鐘楼などが移されました。小松姫は家康の養女になっていたので、大英寺は幕府からも庇護され朱印地100石が安堵されました。
 大英寺は江戸時代に何度も火災にあい、堂宇や寺宝などを焼失しました。松代藩の藩費によってその都度再建されました。明治時代に入ると真田家の庇護から離れ境内も縮小されました。

  現在の大英寺の本堂は寛永元年(1624)に建立された小松姫の霊屋を改装したもので、萬年堂とも呼ばれました。桁行5間、梁間5間の入母屋造り、浅瓦葺き、平入りです。内部は極彩色で彩られた格式の高いもので真田家霊屋建築の中でも最も古い建物です。長野県の県宝に指定されています。
大英寺本堂
 大英寺の表門も霊屋の正門として建立された貴重な建物です。浅瓦葺きの四柱門で長野県の県宝に指定されています。
大英寺表門
 大英寺には見樹院殿の墓があります。真田信之の2女で母は大蓮院殿(小松姫)です。夫の佐久間備前守安次が死去した後、上田に帰り上田城、西の台に住んだことから西の台殿と呼ばれ、松代に移封してからは二の丸殿、信之が隠居してからは柴殿と呼ばれました。 
見樹院殿の墓


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