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信州長野の旅と歴史
信州の旅        上高井郡小布施町

玄照寺
げんしょうじ
長野県上高井郡小布施町大字大島90
Tel 026-247-2100


 玄照寺の前身は随光寺という臨済宗のお寺で千曲川に近い小布施の飯田にありました。戦国時代の戦乱に巻き込まれた末に衰退したそうです。
 天正年間(1573-1591)に武田信玄に仕えた高坂弾正虎綱(とらつな)の寄騎(よりき)、加藤杢右エ門(もくえもん)によって、松代の明徳寺の3世・為岸慶祐(いがんけいゆう)を招聘して玄照寺を開山したそうです。
 玄照寺は度々、千曲川の水害を受け、元禄17年(1704)に、この地に移ったそうです。文政年間(1818-1829)には、良寛と親交のあった儒者・亀田鵬齋(ほうさい)など文人墨客がたびたび訪れ、多くの書画を残しています。

 玄照寺の本堂は明治29年(1896)に焼失し、大正9年(1920)から15年(1926)にかけて再建されました。小布施町の東町の棟梁・三田清助(さんたせいすけ)の手によるものです。本堂は国文学者の高野辰之博士により昭和初期の国定教科書に掲載されたそうです。
玄照寺本堂
 玄照寺の三門は寛政11年(1799)に建立されています。禅宗寺院の特徴である楼門形式で、桁行3間、梁間2間、上層の屋根は入母屋、下層は四柱屋根で、桟瓦葺きになっています。下層には仁王尊を安置し、上層には須弥壇があります。
玄照寺三門
 三門の建築の様式は、一部に唐様(禅宗様)の手法をとり入れた和様でまとめられていて、全体的にこの時代の様式を反映しています。特に蟇股に施された竜、唐獅子、人物の彫刻は見事です。昭和48年(1973)に小布施町の町宝に指定されています。
玄照寺三門


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