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信州長野の旅と歴史
信州の旅        上高井郡小布施町

高井鴻山記念館
たかいこうざんきねんかん
長野県上高井郡小布施町大字小布施805ー1
Tel 026-247-4049


 高井鴻山記念館は、鴻山の生涯と作品を顕彰するために、屋敷の一部を小布施町が譲り受け昭和58年(1983)に開館しました。鴻山は、文化3年(1803)小布施町に父熊太郎、母ことの4男として生まれました。
 京都や江戸に出て国学、蘭学、漢学などを広く学び、詩文や書、絵画など芸術にも優れた才能を発揮しました。幕末威信の激動期に時局の変化に対応しつつ、陽明学の教え知行合一の精神で国利民福の信条を貫いた人でした。
 北信濃きっての豪農商であった高井家は、飯山藩や京都・九条家などの御用達を勤め、小布施を拠点に江戸、京阪、北陸、瀬戸内まで大きい商いを展開しました。間口30間(54m)奥行80間(144m)の広大な敷地に、本宅をはじめ蔵などが軒を連ねていました。
 高井家には多くの志士が訪れて国事を論じたそうです。身の安全を考えてとっさの時に逃げられる工夫をしてありました。一見押入に見せて中に二重の床板を張り逃げ穴を通って逃れられるように作られています。
 
 第1展示室の文庫蔵では、鴻山の生涯をパネルで紹介するほか、12m近くある豊田村永江神社ののぼり、花鳥画などが常設展示されています。第2展示室の屋台庫は、北斎の下絵を手本にして描いた鴻山の作品や、岩松院の鳳凰図など、北斎の描いた原画を展示しています。
 第3展示室の穀蔵には鴻山の晩年の作品である妖怪図が展示されています。妖怪図は、幕末から明治にかけて激変する社会の中で、鴻山が悩み苦悩した心中を表した作品といわれています。  

 北斎の画室だった「碧い軒(へきいけん)」が建てられています。北斎は高井邸で毎日「日新除魔」という獅子を描きました。これが終わらない限り来客があっても接見しなかったそうです。
碧い軒


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