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信州長野の旅と歴史
信州の旅        大町市

霊松寺
れいしょうじ
長野県大町市山田町6665
Tel 0261-22-0377


 功徳林大洞山霊松寺は、応永11年(1404)に、仁科盛忠が招いた實峰良秀禅師により開かれた長野県で最古の曹洞宗の古刹です。大本山總持寺からは、信濃国初開の道場という称号を得て、明治元年まで10人の総持寺の住職を輩出しています。
 霊松寺は仁科家累代の菩提寺として庇護され寺運も隆盛しました。永禄4年(1561)仁科盛政は武田信玄の謀略により甲州にて切腹。信玄は五男信盛に仁科家の跡目を継がせました。
 天正10年(1582)、信盛は織田信忠により高遠で滅ぼされ、5百年におよぶ仁科家は滅亡しました。霊松寺は、織田・豊臣政権下に寺禄を失い荒廃しました。
 江戸時代に入ると松本藩主に返り咲いた小笠原貞慶から寺領を寄進され、正保4年(1647)には3代将軍徳川家光より10石の朱印状を賜っています。弘化4年(1847) 善光寺地震により七堂伽藍すべて倒壊炎上しましたが、嘉永年間(1848-1854)に再建されました。

 現在の山門は嘉永5年(1852)に松川村の観松院の山門として建てられ、明治11年(1878)に霊松寺に移築された門です。3間3戸、入母屋、茅葺きの総ケヤキ造りの八脚楼門形式の門です。
霊松寺山門
 山門には彫刻が数多く施されています。龍、唐獅子、獏、海馬、鳳凰、鶴、鷹、水鳥、牡丹、菊、紅葉、仙人、十二支など、多彩な題材をもちいています。平成5年(1993)に長野県の県宝に指定されています。山門の前には八徳水と呼ばれる名水が湧いています。
霊松寺山門


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