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信州長野の旅と歴史
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八幡神社
はちまんじんじゃ
長野県佐久市蓬田101ー1
Tel 0267-58-2001 佐久市浅科支所 経済建設課


 八幡神社は旧中仙道、かつての八幡(やわた)宿の名の由来となった歴史ある古社です。貞観元年(859)、滋野貞秀によって勧請され、望月三郎は望月の鬼門除けの神として信仰したそうです。
 鎌倉時代に編纂された「吾妻鏡」の中に「佐久八幡宮御前二十騎」と記されていることから、当時の武将たちから広く知られ、崇敬されていたものと思われます。
 延徳3年(1491)、領主の滋野遠江守光重が御牧7郷の総社として7郷住民総発起の形で社殿を建立しました。その後、天正5年(1557)には武田信玄の家臣・武田左馬助豊や、滋野印月斉、馬場遠江守信重の息女・弥保姫によって社殿が修復されました。
 寛文4年(1664)には酒井日向守が、元禄11年(1698)は石川美作守が屋根の葺替え修理を行っています。藩主の牧野氏からも篤く崇敬され、元禄16年(1703)、享保9年(1724)、寛保元年(1741)社殿が修復されています。
 天明3年(1783)には藩主・牧野康満が寺尾山、諏訪山の材木を使って本殿の再建立を行いました。その際に旧本殿は境内神社の高良社の本殿となりました。その後、文化14年(1817)、天保14年(1843)、嘉永7年(1854)、明治31年(1898)、昭和9年(1934)に修復営繕されています。

 八幡神社の本殿は天明3年(1783)に建てられました。桁行3間、梁間2間の流造り、銅版葺きです。虹梁の絵様・大瓶束の形式・蕨手装飾の手法と胡粉彩色された隅行尾垂木の龍の彫刻や縁下の羽目の彫刻手法には違いが見られます。大工・吉右衛門と田沢・花輪地方の彫物大工の共作で、佐久市の有形文化財に指定されています。
八幡神社本殿
 八幡神社の拝殿は本殿と同じく、天明3年(1783)に藩主・牧野康満により建てられました。本殿の前に建ち、本殿とつながっています。虹梁に彫られた龍は繊細で見事です。大工・吉右衛門と田沢・花輪地方の彫物大工の共作で、佐久市の有形文化財に指定されています。
八幡神社拝殿
 八幡神社の境内神社である高良社本殿は旧八幡社本殿だったもので、国の重要文化財に指定されています。延徳3年(1491)に建立され、三間社流造り、柿葺きで、柏、菊、桐の紋を付けた3つの扉があります。
高良社本殿
 八幡神社の随身門は天保14年(1843)に藩主・牧野康哉が造営した門です。三間一戸、入母屋造り、瓦葺きの楼門で、高良社の前面に建っています。剣、弓矢を携えた武神の像が桜門の両脇に構えています。佐久市の有形文化財に指定されています。
八幡神社随身門
 八幡神社の端垣門(みずがきもん)は宝永5年(1708)に建立されました。八幡神社では最古の建物で、佐久市の有形文化財に指定されています。また、額殿には安永9年(1780)に造られた県下最古の算額があります。和算家たちが問題とその解決方法を示した額です。これも佐久市の有形文化財に指定されています。
八幡神社端垣門


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