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信州長野の旅と歴史
信州・北信の旅    千曲市・武水分神社

武水別神社
たけみずわけじんじゃ
長野県千曲市大字八幡3012
Tel 026-272-1144


 武水別神社の創建は、第8代孝元天皇(214-256BC)の御代の鎮斎と伝えられています。 主祭神の武水別神(たけみずわけのおおかみ)は、国の大本である農事を始め、水のこと総てを守ってくれる神様ということです。
 穀倉地帯「善光寺平」の五穀豊穣と脇を流れる千曲川の氾濫防止を祈って祀られたものと思われます。今は車のお払いに来る人が絶えません。
 誉田別命(ほんだわけのみこと)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)、比呼大神(ひめおおかみ)も祀っています。
  この地方随一の八幡宮として諸将の尊崇が篤く、木曽義仲の戦勝祈願・海津城主森忠正公(慶長8年)・松代城主真田伊豆守(寛永13年)の寄進・江戸時代には社領200石の朱印地を寄進されました(慶安元年)。
 武水分神社の大頭祭は有名です。武水分(たけみずわけ)神社で毎年12月10日から14日にかけて5日間行われる豊作を祝う新嘗祭です。
 選ばれた5名の頭人(一日神さん)が、新しく収穫された米で餅をつき、それを神前に供えるため行列を組む有名な行事です。



智識寺
ちしきじ
長野県千曲市大字上山田八坂1197
Tel 026-275-1120


 智識寺の創建は天平12年(740)、聖武天皇が冠着山の東麓に開山したと伝えられています。大同2年(807)、坂上田村麻呂が御堂を修理、建久9年(1209)には源頼朝が祈願所と定めて上山田村に七堂伽藍を建立し、仁王像を寄進、晴源山智識寺と改称したそうです。
 室町時代に入り、一帯を支配した村上氏に庇護されますが、武田氏が支配するようになり、寺は一時衰退しました。慶長14年(1609)、冠着山から現在地に移ってきました。
 安置されている本尊の「十一面観音立像」は平安時代後期に行基が自らが彫り込んだと伝わる仏像です。像高306p、信州では唯一のケヤキの一木造りです。十一面観音立像は国の重要文化財に指定されています。
 現在の本堂である「大御堂(おおみどう)」は天文10年(1541)に再建された建物で、室町時代の特色を残しています。桁行4間、梁間3間の寄棟造り、茅葺きで、禅宗様式の仏堂です。当時の様式を継承する貴重な建物として国の重要文化財に指定されています。
智識寺大御堂
 仁王門も室町時代に建立された門で、桁行3間(5.5m)、梁間2間(3.3m)、茅葺きの寄棟造りです。左右1間にそれぞれ木造金剛力士立像を安置し、中央1間は通り抜けできるようになっています。土台がなく石の上に直接柱をのせて建っています。千曲市の有形文化財に指定されています。
智識寺仁王門
 仁王門の右側の木造金剛力士(こんごうりきし)立像は阿形(あぎょう)像、左側はうん形像です。阿形像は高さ2.15mで檜材の一木造りです。うん形像は高さ2.1mで檜材の一木造りで、ともに室町時代に造立されています。2体とも千曲市の有形文化財に指定されています。
智識寺木造金剛力士像



水上布奈山神社
みずかみふなやまじんじゃ
長野県千曲市大字戸倉上中町1990
Tel 026-276-5831


 水上布奈山(みずかみふなやま)神社は北国街道の下戸倉宿が慶長8年(1603)に設置された時、鎮守として諏訪大社の分霊である建御名方富命(たてみなかたとみのみこと)を勧請したのが始まりと伝えられています。以来、北国街道下戸倉宿の鎮守として人々に篤く信仰されてきました。
 当初は諏訪社と呼ばれていました。天保6年(1835)、神祇管領より許可を得て水上布奈山神社の社名を正式に用いるようになりました。諏訪大社にならい、寅と申の年の春に御柱のお祭りが現在も行われています。
 本殿は拝殿の後方の、大きな覆屋鞘堂の中にあり、寛政元年(1789)の再建です。棟梁・柴宮長左衛門矩重(かねしげ)によって建てられています。長左衛門は、延享4年(1747)に諏訪藩の大工棟梁伊藤弥衛門の四男として生まれ、後に柴宮家の養子となりました。
 安永2年(1777)から4年間江戸で日光東照宮の建造で名高い大隅流平内家で修業しています。その後郷里の諏訪に帰り、国指定重要文化財の諏訪大社下社春宮の拝幣殿や塩尻市の北熊井諏訪社本殿など数多くの優れた作品を手掛けています。
 本殿は寛政元年(1789)に建てられました。一間社流造り、柿葺き、総欅造りです。軸部材も彫刻も欅を主とした素木で作られ、塗装・彩色はありません。最大の特色は長左衛門により、たくさんの優れた彫刻が施されていて、題材が豊富なことです。
水上布奈山神社本殿
 本殿の骨組みとなる柱に彫られた「上り龍・下り龍」、他の神社では見ることのできない「蘇鉄に兎」など独特の躍動感があります。「波に亀」「竹林の七賢人」・「仙人像」・「鳳凰」・「唐獅子」など大胆で繊細な彫刻が本殿全面を飾っています。水上布奈山神社本殿は昭和63年(1988)、国の重要文化財に指定されています。
水上布奈山神社本殿
 水上布奈山神社境内には「飯盛女の献燈籠」があります。天保10年(1839)に下戸倉宿に働く飯盛女52名と旅籠屋主人が奉納したものです。台座には52名の飯盛女の名が刻まれています。この燈籠は千曲市の有形文化財に指定されています。
飯盛女の献燈籠



千曲川いかだ下り

   第七回千曲川いかだ下りコンテスト
 平成15年8月24日(日)、埴科郡坂城町の坂城大橋下を出発して更埴市(9月1日より千曲市になりました)の千曲橋下まで、約十二キロのコースで開かれました。
 レースは午前十時にスタートしました。参加できるのは1チーム10人(いかだへの乗船は五人)で、中学生以上でした。
 ゴールまでの所要時間を競う「タイムレース」と、主催者があらかじめ設定した時間との差が少ない順を競う「隠しタイムレース」の二部門がありました。



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