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静岡の旅と歴史
静岡の旅       伊豆市

土肥金山
といきんざん
静岡県伊豆市土肥2726
Tel 0558-98-0800


 土肥金山の歴史は古く、12世紀後期平安時代にはすでに金鉱床が発見されていたといわれています。建徳・文中・天授(1370年代)の時代、足利幕府直轄の金山奉行が土肥を支配し、金を掘っていたようです。天正5年(1577)土肥の大横谷、日向洞、楠山、柿山、鍛冶山などの5ヶ所が開発され、金が本格的に採掘されるようになりました。
 天正5年(1577)にはいくつかの新鉱脈も発見され、北条家により本格的に採掘され軍資金になっていました。北条滅亡後、徳川家康はここを直轄地として、三島代官の彦坂小刑部元成に管理させました。
 慶長11年(1606)伊豆金山奉行になった大久保石見守長安は新しく導入した新技術によって生産量を飛躍的に増大させ、隆盛を極め第一期黄金時代を築きました。慶長18年(1613)長安は不正蓄財や幕府転覆の嫌疑が掛けられ、子供共々死罪に処せられました。
 その後、土肥の金山は衰退し、寛永2年(1625)には休山となってしまいました。明治39年(1906)神戸の実業家長谷川_五郎がヨーロッパの技術者を招き探鉱を行い成功し、第2期黄金時代を築きました。
  長谷川氏が亡くなると、土肥金山は住友鉱業(株)の資本を導入しました。昭和17年(1942)土肥鉱業(株)となったりしましたが、昭和40年(1965)には鉱量が枯渇し閉山しました。閉山までの掘削坑道の総延長は約100km、深さは海面下180mに及びました。
 昭和47年(1972)から土肥マリン観光(株)が観光鉱山として営業しています。金山には観光坑道とともに資料館「黄金館」や「砂金館」が併設され世界最大の250kgの金塊などで観光客の人気を博しています。


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