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静岡の旅と歴史
静岡の旅       賀茂郡西伊豆町

堂ヶ島
どうがしま
静岡県賀茂郡西伊豆町仁科
Tel 0558-52-0013 堂ヶ島マリン


 堂ヶ島は西伊豆町にある景勝地です。浮石質凝灰岩が駿河湾の荒波により侵食され、断崖絶壁となったもので、その美しさから「伊豆の松島」と称えられています。
 リアス式の変化に富んだ海岸や奇岩、干潮時には陸続きになる堂ヶ島のシンボル・三四郎島など、自然の魅力にあふれています。昭和37年(1962)に温泉が出て、国道136号線に沿って堂ヶ島温泉の旅館・民宿が点在しています。
 堂ヶ島温泉ホテルの正面にある三つの島、象島、中ノ島、高島は三四郎島と呼ばれています。海の干満の差により陸と地続きになるトンボロ現象が起きる不思議な島です。
 干潮時に幅30mほどの磯が出現して道となり、歩いて渡れるようになります。島の裏側に回りこんだ波が両側から押し寄せる形となって、海岸と島の間に砂や礫を堆積させるのです。干満の差が激しい大潮の日ならば、2時間ほど石州ができます。
 三四郎島には小雪伝説が伝えられています。伊豆の三四郎という源氏の若武者が、平氏の目を逃れてこの島に隠れ住んでいました。恋仲の瀬尾行信の娘・小雪は、この海の道を渡って数時間の逢瀬を重ねていました。そこへ源氏再興の兵を挙げる源頼朝の書状が、行信の元に届きます。
 小雪は、その書状を届けようと三四郎の許へと急ぎます。折悪しく上げ潮で、この道は現れていません。無理を承知で島へ渡ろうとした小雪でしたが、容赦ない怒濤にのまれその姿を消してしまったという悲恋の伝説です。
 この三四郎島には長い年月の海触によりできた天窓洞があります。中央の天井が抜け落ちていて昭和10年(1935)に天然記念物指定されています。堂ヶ島マリンの遊覧船で中に入ることもできます。
 ここには昭和10年(1935)与謝野鉄幹・晶子夫妻が訪れ、その時に鉄幹は「島の洞 御堂に似たりて 舟にして 友の法師よ 参れ心経」、晶子は「堂ヶ島 天窓洞の 天窓を 光りてくだる 春の雨かな」と詠み、記念の歌碑が建てられています。


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