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静岡の旅と歴史
静岡の旅       下田市

玉泉寺
ぎょくせんじ
静岡県下田市柿崎31ー6
Tel 0558-22-1287


 瑞龍山玉泉寺は日本で最初に米国総領事館が置かれたお寺で、昭和26年(1951)に国の史跡に指定されています。また、日露和親条約の交渉の場となり、ロシア、ディアナ号高官が滞在しました。ドイツ商人ルドルフも半年間この玉泉寺に滞在しています。
 玉泉寺は、天正以前は真言宗の草庵でしたが、天正の初め(1580年代)俊栄大和尚の来錫によって曹洞宗に改宗されました。嘉永元年(1848)当山20世翠岩眉毛和尚の代に現在の本堂が落成しました。嘉永7年(1854)日米和親条約の締結により、下田が開港され、下田条約が結ばれると、玉泉寺は米人の休息所、埋葬所に指定されました。
 安政3年(1856)タウンゼント・ハリス総領事は、通訳官ヒュースケンを伴い、米艦サンジャシント号で下田に着任しました。ハリスは玉泉寺を日本最初の米国総領事館とし、庭に星条旗が掲揚されました。
 ハリスは日米通貨比率の是正、領事裁判権の承認などを成功させましたが、日米通商条約締結の交渉は幕府の引き伸ばしにあい、ここ下田に2年10ヶ月滞在することになりました。
 14回の交渉の後、安政5年(1858)日米修好通商条約14ヶ条と貿易章程が締結され、玉泉寺の領事館は閉鎖され、江戸の善福寺に移されました。

 玉泉寺には日本最初の屠殺場の跡があります。屠殺場があるわけではなく、牛を仏手柑(ぶっしゅかん)の木に繋いで屠殺した跡で、屠牛木と呼ばれていた木の跡があるのです。昭和6年(1931)東京の牛肉商の手によって、立派な慰霊碑(牛王如来)が横に建立されています。
日本最初の屠殺場跡
 本堂の横には「牛乳の碑」があります。この石碑は伊豆で創業した「森永乳業」により建てられました。総領事として滞在中のハリスが、病床時に牛乳を欲した際に、15日間飲んだ牛乳の代金として1両3分を支払ったことから、日本で初めて牛乳売買が行われた地として、それを記念して建てられたそうです。
牛乳の碑
 境内にある玉泉寺ハリス記念館にはタウゼント・ハリスが領事館当時愛用していた遺品や関連資料、古文書等が多数展示してあります。特に柿崎村名主、浜田与平治の日記は領事館当時の出来事を詳しく知ることができます。また、黒船来航時、下田港で外国に行くことを企てて捕まった吉田松陰の遺品なども展示しています。
玉泉寺ハリス記念館


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