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静岡の旅と歴史
静岡の旅       静岡市駿河区

登呂遺跡
とろいせき
静岡県静岡市駿河区登呂5−10−5
Tel 054-285-0476 登呂博物館


 登呂遺跡は、弥生時代の集落・水田遺跡で、昭和27年(1952)に国の特別史跡に指定され、現在は「登呂遺跡公園」として保存されています。総面積は7万平方mで、そのうち6万平方mが特別史跡に指定されています。弥生時代後期に属し、1世紀ごろの集落跡と推定されています。
 戦時中の昭和18年(1943)軍需工場、住友金属工場の建設工事中に発見されました。戦時中のため、そのまま埋め立てられ、戦後間もない昭和22年(1947)に考古学・人類学・地質学など各分野の学者が加わり、日本で初めての総合的な発掘調査が行われました。
 遺跡の面積は33万平方mあり、地下1mの所に、水田、集落、森林などの遺跡が発見されました。8万平方メートルを超える水田跡や井戸の跡、竪穴式住居・高床式倉庫の遺構が見つかりました。この他にも、農耕や狩猟、漁労のための木製道具や火起しなども発見されました。
 平成11年(1999)から5カ年計画で再発掘調査が行われ、新たに銅釧や漆が塗られた琴、祭殿跡などが出土しています。祭祀で使われたと思われる琴は、共鳴箱があり船をかたどった槽(そう)づくりといわれる種類です。漆が塗られた琴の出土は、日本初になります。
 竪穴式住居は地面を数十センチ掘り下げ、その面を床とする半地下構造の家です。登呂遺跡のものは小判型の土塁で床は地表そのままです。中央に炉を作ってあります。四隅に四本柱が立ち、内側は、木のはめ板、外側に杭を2列にならべて、その間に土を入れて埋めていきます。
竪穴式住居
 屋根は茅葺きの切妻の棟をのせた円錐形の上屋をかぶせてある「平地式住居」でした。しっかりとした骨組みになっていて風雨にも耐えたようです。
竪穴式住居
 復元住居は、故・関野克東大教授が発掘した遺構や銅鐸・土器に描かれた絵などを参考に設計し、昭和60年(1985)頃に造られました。高さ約5m、平面の広さ約70平方mで、4本の柱の上に梁(はり)と桁(けた)をかけ、垂木(たるき)をもたせかけています。
竪穴式住居
 住居の近くで発見された高床式倉庫は水害や他の動物から穀物などを守る高床式になっています。柱は6本又は8本で校倉(あぜくら)造りです。四方を厚い板で囲った切妻、茅葺きの建物です。
高床式倉庫
 倉庫の穀物を鼠や蛇などに狙われないように、地面から1.2mくらいの所に「鼠返し」が付けてあります。昇り降りする梯子は一本の厚い板に足をかける切れ込みがついていて、これにも鼠返しが付いています。
高床式倉庫
 住居跡の東南に幅250m、長さ約400mの範囲に約8ヘクタールの水田跡があります。水田の外側は沼地になっていたようです。田んぼの面に水を蓄えるために、土地の低い側に矢板を打ち並べ、高い側に杭を打ちこんであぜを守っていました。このように区画された田面の数は約40〜50枚あったと考えられています。
水田跡

 平成22年(2010)10月に、登呂遺跡公園内にある登呂博物館がリニューアルオープンしました。登呂博物館では発掘された土器や農耕具が展示されています。参加体験ミュージアムでは、見学者自身が、登呂の村に入り、くらしに用いた道具を作ったり、火熾しなどの体験ができます。弥生時代の服を着て弥生時代の体験ができます。
登呂博物館


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