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富山の旅と歴史
富山の旅         南砺市

瑞泉寺
ずいせんじ
富山県南砺市井波3050
Tel 0763-82-0004


 瑞泉寺は明徳元年(1390)に本願寺5世綽如(しゃくにょ)によって創設されました。真宗大谷派の寺院(別院)で、3代蓮乗のころ隆盛をきわめたそうです。
 綽如上人は「ここに図らずも先ず一勝地を得たり」といって井波を仏法繁昌の地としたのです。また後小松天皇勅願所にもなっていました。瑞泉寺は越中一向一揆の拠点となり佐々成政の兵火にあって堂宇を焼失しました。それ以後も幾たびか火災にあっています。

 江戸時代、瑞泉寺が再建されるとともに復興し、現在は、豪華な彫刻を施した山門や菊の門(勅使門)、越中一の本堂などが建ち並んでいます。

 瑞泉寺の山門は、高さ17.4mの重層の総ケヤキ造りで、真宗寺院建築の山門形式を代表する建造物です。

 宝暦12年(1762)瑞泉寺は全焼し、京都の本山(東本願寺)から肝煎方大工柴田新八郎などが派遣されて各伽藍の再建が進められました。

 山門の工事は天明5年(1785)に始まりましたが、その工事中に本山のほうが全焼してしまったのです。再建するために本山派遣の大工たちは引き上げてしまいました。
 地元の大工松井角平が棟梁になり、文化6年(1809)上棟式を行ない、見事に山門を完成させたそうです。
 山門の各所には数々のすぐれた彫刻や文様が施されています。正面にある唐狭間(からさま)の彫刻「波に龍」は京都の前川三四郎の作です。
 中国民間伝承に登場する8人の仙人「八仙」が彫られている蟇股(かえるまた)は、地元井波の名工の手によって彫られています。
 後花園天皇宸翰消息、綽如上人勧進状は重要文化財に指定され、山門、阿弥陀如来立像県文化財です。重要美術品の聖徳太子絵伝があります。


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