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富山の旅と歴史
富山の旅         富山市八尾町

本法寺
ほんぽうじ
富山県富山市八尾町宮腰1580
Tel 076-454-3306


 法華宗越中本山、長松山本法寺(ちょうしょうざんほんぽうじ)は、正和(せいわ)5年(1316)法華宗総本山の本成寺(ほんじょうじ)開祖、日印(にちいん)の弟子、日順(にちじゅん)により建立されました。
 本法寺の山門は飛騨の工匠によって造られています。寛政6年(1794)から10年かけて細入村のお宮の大欅一本で建立したそうです。
本法寺山門
 筺棟を支える両端の金剛密迹両力士をはじめ、雌雄の昇竜、鳳凰などの彫刻は桃山様式を伝えるものとして重要文化財としての価値は十分あるようです。
本法寺山門
 富山藩士の島田基明の碑があります。富山藩家老山田嘉膳に対し悪政に対する建議書を出しましたが受け入れられず城内にて天誅としました。慶応4年(1865)切腹し翌年親交のあった本法寺29世日界により墓碑を建立されました。
島田基明碑
 本法寺の鐘楼堂は天保2年(1831)、本法寺26世日岸代の造営です。飛騨名匠の巧緻を極めた大彫刻美と高さ16mの楼全体の均整の取れた偉容は他にあまり見たことがありません。
本法寺鐘楼堂
 鐘楼の四方に彫られた竜は、夜ごと抜けだして田畑を荒らしていたため、龍の眼に五寸釘を打ったという伝説が残るほど見事な出来ばえです。
本法寺鐘楼堂
 梵鐘は太平洋戦争時の昭和19年(1944)に供出させられ、しばらく鐘がありませんでした。昭和23年(1948)再鋳して取り付けられ現在に至っているそうです。
本法寺鐘楼堂
 本法寺本堂です。正和5年(1316)天台宗の僧であった浄信は日印の教化を受けて法華宗に改め、名を日順としてここに建立しました。
本法寺本堂
 明治43年(1910)2月の火災でこの本堂と客殿を焼失しました。大正9年(1920)再建され今日に至っています。
本法寺本堂
 本法寺所蔵の「法華経曼陀羅絵図」は、鎌倉時代の嘉歴元年(1326)新湊の放生津(現在の富山新港)の底から引き上げられたもので国の重要文化財に指定されています。


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