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山梨の旅と歴史
山梨の旅      笛吹市

慈眼寺
じげんじ
山梨県笛吹市一宮町末木336
Tel 0553-47-0915


 金剛山慈眼寺は真言宗智山派のお寺です。室町時代の文明年間(1469-1487)、宥日(ゆうにち)が中興したといわれています。戦国時代は武田家の祈願所として寺運が隆盛しました。
 特に武田信玄の崇敬が篤く、500貫文の寺領寄進や薬師堂の建立などがなされたようです。境内には七堂伽藍が建ち並び、甲州国檀林七ヶ寺の筆頭となりました。多くの名僧を生み、宥真(ゆうしん)は宮中の帰依僧、宥空(ゆうくう)は信玄の侍僧でした。
 天正10年(1582)の織田信長の甲斐侵攻により武田家が滅び、兵火により堂宇、寺宝が焼失しました。天正11年(1583)、徳川家康より10貫700文の朱印地を寄進され、徳川家の祈願所になり再建されました。寛永19年(1642)、徳川家光から改めて15石4斗の朱印地を寄進されています。
 慈眼寺の鐘楼門は、慶安3年(1650)に建立されたものです。一間一戸の楼門で、屋根は入母屋造りで、当初茅葺きでしたが後に鉄板に葺きかえられました。主柱の内側には板扉を藁座でつりこみ、その上に牡丹・琵琶、菊・蓮の彫刻の施されたかえる股を中備えとして置いています。
慈眼寺鐘楼門
 小規模で簡素な門ですが全体の比例は良く、頭貫木鼻の繰形など細部に優れている建物です。江戸時代初期の鐘楼門として貴重で、国の重要文化財に指定されています。
慈眼寺鐘楼門

 本堂は東面する方丈型本堂で前後各3室の6室で構成されています。桁行、梁間11.9mで正面と北側面に1間幅の広縁をまわし、全面に落縁を設けています。屋根は入母屋造りで茅葺きであったものを金属板葺きに変えてあります。国の重要文化財に指定されています。
慈眼寺本堂

 庫裏は桁行14.6m、梁間11.0m、東向きで正面入母屋造り、背面切妻、茅葺き(背面庇は檜皮葺き)です。妻飾りは虹梁中央に大瓶束(おおへいつか)を立て、虹梁の組物と大瓶束上の組物を海虹梁でつなぎ、かぶら懸魚をつけています。国の重要文化財に指定されています。
慈眼寺庫裏


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