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山梨の旅と歴史
山梨の旅      甲府市

信玄火葬塚
しんげんかそうづか
山梨県甲府市岩窪町240
Tel 055-253-8144 円光院


 元亀3年(1572)武田信玄は、三方ヶ原で織田・徳川軍を破り敗走させました。翌年には三河国に進出し、野田城を落とします。持病悪化のため、長篠城に滞在の後、甲斐へ戻る途中、信濃国伊那の駒場(長野県下伊那郡阿智村)で信玄は没しました。
 信玄は遺言で、喪を3年間秘めることを命じました。信玄の遺骸は密かに甲斐へ運ばれ、塗籠(ぬりごめ)の中に納められたそうです。3年後、遺骸は、武田24将の1人、土屋右衛門昌続の邸内であったこの場所で荼毘に付され、天正4年(1576)恵林寺において葬儀が盛大に執り行われました。
 安永8年(1779)、甲府の代官であった中井清太夫が魔縁塚といわれたこの地を発掘して石棺を見つけました。「法性院機山信玄大居士・天正元年発四月十二日薨」という銘がありました。もとのように埋めて幕府に届け出ました。信玄の墓と定められ、武田旧臣有志らによってその時に石碑が建てられたそうです。


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