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兵庫の旅と歴史
兵庫の旅    明石市

明石城
あかしじょう
兵庫県明石市明石公園1−27
Tel 078-912-7600


 明石城は元和3年(1617)、信濃の松本から10万石で入封した小笠原忠真(ただざね)が築城しました。当初、船上城に入城していましたが、この地は畿内と中国、四国を結ぶ交通、軍事上の要地であったため2代将軍徳川秀忠が築城を命じました。
 城は明石海峡をのぞむ丘陵地に築かれた平山城で本丸を中心に二の丸、東の丸、三の丸、稲荷曲輪を設け、本丸の4隅に3重3階の櫓を築きました。
 天守閣は築かれませんでしたが、櫓16基、門は35、番所16の他、帯曲輪、北の曲輪、山里曲輪、屋敷曲輪なども造られ大城郭となりました。築城と並行して城下町の町割りも実施され、当時、忠真の客分だった宮本武蔵が指導したともいわれています。
 元和6年(1620)にほぼ完成し、西国の外様大名への抑止力となりました。小笠原忠真は徳川家康の外孫に当たる譜代大名で7以後も戸田松平家、大久保家、藤井松平家、本多家、越前松平家と有力譜代大名が藩主として明石を治めました。
 明石城は明治2年(1869)に廃城になり県立明石公園として一般開放され「日本さくら名所100選」に選ばれています。城内一帯は国指定史跡となり、日本100名城 にも選ばれています。元和5年(1619)に築かれた巽櫓と坤櫓は国の重要文化財に指定されています。


 明石城の巽櫓(たつみやぐら)は本丸の南東端に築かれた3層の櫓で、間口5間(9.09m)、奥行4間(7.27m)、高さ7間1寸(12.19m)の入母屋造りです。元和5年(1619)に築かれ、昭和32年(1957)に国の重要文化財に指定されています。
明石城巽櫓

 明石城の坤櫓(ひつじさるやぐら)は天守台のすぐ南にある櫓で、天守閣が造られなかった明石城では最大の規模をもつ櫓です。間口6間(10.90m)、奥行5間(9.09m)、高さ7間2尺9寸(13.60m)の入母屋造りです。巽櫓と同時期の元和5年(1619)に築かれ、昭和32年(1957)に国の重要文化財に指定されています。
明石城坤櫓


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