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兵庫の旅と歴史
兵庫の旅    赤穂市

花岳寺
かがくじ
兵庫県赤穂市加里屋1992
Tel 0791-42-2068


 台雲山花岳寺は曹洞宗のお寺です。赤穂藩祖浅野長直が常陸笠間藩から赤穂藩へ転封になった正保2年(1645)に父華嶽院と母台雲院の菩提寺として建立し、その法名から台雲山華嶽寺と称し浅野家の菩提寺としました。
 浅野長直のあとは長友、長矩(ながのり)が藩主になりました。元禄14年(1701)、長矩は、江戸城松の廊下で高家の吉良義央(よしなか)を切りつけ、即日切腹させられました。赤穂浅野家は取り潰しとなり、元禄15年(1702)12月14日、大石内蔵助ら赤穂浪士47士が主君の仇を討ちました。
 元禄16年(1703)2月4日、赤穂義士たちが切腹したとの報が赤穂に届くと、大勢の人が死を悼み悲しんで花岳寺に押し寄せました。そして寺の鐘をつきまくったといわれています。
  浅野家断絶の後、花岳寺は永井、森氏ら歴代藩主の菩提寺となりました。寺運は隆盛し、新西国33ヶ所霊場の第31番札所にもなり参拝客でにぎわいました。

 花岳寺の山門は、明治6年(1873)に廃城として撤去が決まった赤穂城の塩屋惣門だったものです。花岳寺第21代仙珪和尚が金6両で購入し移築したものであり、平成3年(1989)に赤穂市の文化財に指定されています。
花岳寺山門

 花岳寺の本堂の正面にある大きな松は、大石内蔵助が母親の松樹院が亡くなったときに相生村の裏山から移植したものです。浅野家断絶後、赤穂を発つときに、この松の下でなごりを惜しんだことから「大石なごりの松」といわれています。残念なことに、昭和2年(1927)に松喰い虫のため枯れ、現在の松は2代目です。
大石なごりの松

 花岳寺の梵鐘は、2代藩主浅野長友が父長直のために鋳造したものです。義士切腹で大勢の人が梵鐘をつきまくったことから梵鐘からは音が出なくなり、「鳴らずの鐘」になったといわれています。
花岳寺梵鐘


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