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兵庫の旅と歴史
兵庫の旅    尼崎市

本興寺
ほんこうじ
兵庫県尼崎市開明町3ー13
Tel 06-6411-3217


 精進院本興寺は法華宗本門流の大本山です。応永27年(1420)京都本能寺の日隆上人に帰依した細川満元が日隆上人を開基として創建しました。日隆は八品派を起こした傑僧で、多くの学僧を輩出させました。当初は現在の尼崎城の本丸付近の大物浦にありました。
 日隆は京都本能寺の開山でもあり、兵庫県下だけでも13ものお寺を開創しています。寛正4年(1463)に日隆が書いた本能寺法度には、本能寺と本興寺の両山一寺の制を定めています。本能寺を布教の寺、本興寺は教学の寺としていました。
 本興寺は、伏見宮(ふしみのみや)家との関係を深め、8世の日承(にっしょう)以降の住職は伏見宮家から選ばれました。戦国時代には広大な土地の周辺を土塁や堀で囲み、自治都市のようになっていたそうです。
 元和3年(1617)、膳所藩主だった戸田氏鉄が5万石で尼崎に入封し、尼崎城築城の際、大物浦が本丸付近になったため、本興寺は現在地に移されました。境内地は6万平方mもあり、法華宗教学根本道場、法華宗4大本山の1つとして隆盛しました。
 広大な境内には様々な堂宇が建てられています。三光堂、開山堂、方丈は国の重要文化財に指定され、鐘楼は県の重要文化財に指定されています。日隆聖人坐像は堺の仏師浄伝に刻ませ、自ら開眼したもので、恒次(つねつぐ)銘太刀(たち)などとともに国の重要文化財に指定されています。

 本興寺の開山堂は間口9間、奥行3間、単層、正面に唐破風が付いた撞木造り、本瓦葺きの建物です。建てられたのは文正元年(1466)、永正10年(1513)とする説があるそうです。(文化庁の国指定文化財には元和3年(1617)と移築した年が建立年とされています)
本興寺開山堂
 昭和38年(1963)に発見された棟札に永禄元年(1558)と書かれていて、この時、最初の開山堂(御文庫堂)を現在の開山堂に改築したと考えられています。建立当時、3間四方の入母屋造り、本瓦葺きでしたが、明暦2年(1656)に前面に2間の外陣を追加しています。
本興寺開山堂
 天和3年(1683)には後方に4間の内々陣と後陣を増築し、複雑な構造になっています。堂内には日隆上人像が安置されています。享徳3年(1454)堺の仏師浄伝(じょうでん)に刻ませ、自らが開眼させた像といわれています。開山堂とともに大正3年(1914)に国の重要文化財に指定されています。
本興寺開山堂

 本興寺の方丈は間口10間(19.8m)、奥行7間(14m)、単層、入母屋造り、本瓦葺きの建物で、前面に1間半の広縁、東側に1間の広縁がめぐっています。天文17年(1544)の棟札が残されていますが、元和3年(1617)に移築再建された建物です。昭和49年(1974)に国の重要文化財に指定されています。
本興寺方丈
 方丈は客殿とも呼ばれ、戒壇院として使用されていました。方丈の部屋の壁面や襖には、曽我招興(そがしょうこう)の水墨山水画や、法橋(ほっきょう)、高平春卜(たかひらしゅんぼく)の人物や花鳥画が華麗に描かれています。方丈は平成7年(1995)の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受け半解体修理が行われました。
本興寺方丈

 本興寺の三光堂は間口3間、奥行2間、正面軒唐破風付きの流造り、銅板葺きです。背面を除く正面と両側面に縁高欄(えんこうらん)をまわし、宝珠高欄を置いています。三光堂は日逕在職中に建てられたと記されており、天正17年(1589)から慶長14年(1609)の間に建立されました。その後、元和3年(1617)に現在地に移築されました。
本興寺三光堂
 三光堂は本興寺の鎮守で、三光天子(日天・月天・明星天)、三十番神、鬼子母神などを祀っています。大正3年(1914)に旧国宝に指定され、現在は国指定重要文化財です。拝殿の方は慶長2年(1597)に豊臣秀吉、加藤清正によって再建された建物です。
本興寺三光堂

 本興寺の三光堂の向唐門(むかいからもん)は本瓦葺きの1間1戸の門で、三光堂の拝殿脇に建てられています。正面蟇股(かえるまた)には牡丹唐獅子の丸浮き彫り彫刻が刻まれ、背面蟇股には家紋を入れてあります。昭和60年(1985)に尼崎市の有形文化財に指定されています。
本興寺三光堂向唐門

 本興寺の鐘楼は間口3間、奥行2間、入母屋造り、本瓦葺き、袴腰(はかまごし)が付いた建物です。東面中央には片引きの出入口があります。寛永10年(1633)に建てられたといわれ、寛延3年(1750)に屋根の葺替えを行っています。昭和40年(1965)に兵庫県の重要文化財に指定されています。
本興寺鐘楼

 本興寺の祖師堂は日蓮聖人像を祀っているお堂です。文政5年(1822)に焼失後、嘉永6年(1852)に再建された建物です。日登、日与、日諦、日承、日尭、日庸など歴代上人の木像も安置しています。
本興寺祖師堂

 本興寺の三重塔は銅板葺き、鉄筋コンクリート造り、地階付きの3間3層塔婆です。地階部分は広い納骨堂になっています。昭和49年(1974)に建立された新しい三重塔です。
本興寺三重塔

 本興寺には御霊水井戸と呼ばれる井戸があります。応永27年(1420)日隆上人が境内の乾の方角に井戸を掘ったところ水が湧き続け、数世紀間、水の乏しい尼崎住民に飲まれたそうです。大正5年(1916)に上水道完備され役目を終えました。
本興寺御霊水井戸


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