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兵庫の旅と歴史
兵庫の旅    川西市

満願寺
まんがんじ
兵庫県川西市満願寺町7ー1
Tel 072-759-2452


 神秀山満願寺は高野山真言宗のお寺で、本尊は千手観音菩薩です。聖武天皇の勅願により諸国に諸願達成の霊場を建立した勝道上人が神亀元年(724)に創建したと伝えられています。
 平安時代中期に、この地に本拠を構えた源満仲が満願寺に深く帰依し、天禄年間(970-973)に堂塔を造営しました。満仲の末子の僧源賢は金堂、千手堂などを造営し、円覚院と改めたそうです。
 万寿年間(1024-1028)に満仲の孫の源頼国が先祖菩提のため寺領を寄進し、多田源氏の祈願所として崇敬を集めるようになりました。
 鎌倉時代以降、北条氏、足利氏の崇敬が厚く、寺運も栄えましたが、室町時代末期に火災で焼失しました。徳川時代に4代将軍家綱が諸堂宇を再興させたそうです。
 明治の神仏分離により多田院仁王門にあった金剛力士像が満願寺に移され安置されました。一時は49あった院坊は、明治初期には円覚院しか残っていませんでした。明治31年(1898)、円覚院を本坊とし、旧称の満願寺に改めました。
 現在の境内には本坊、金堂、毘沙門堂、観音堂、釣鐘堂が建ち並んでいます。他には国の重要文化財に指定されている石造九重塔、源家の七塔、美女丸・幸寿丸・藤原仲光の墓、坂田金時の墓などが残されています。

 満願寺の金堂の左側に建てられている石造九重塔は高さ3.3mの花崗岩で鎌倉後期の正応6年(1293)と刻まれています。源氏一族の流れをくむ法尼妙阿(ほうにみょうあ)が両親の供養のために建てたものといわれ、昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定されています。
満願寺石造九重塔

 満願寺にある源家の七塔は源国房、光国、明国、仲政、国直、行国、国基の供養塔で、満願寺五輪塔群として昭和42年(1967)川西市の史跡に指定されています。
満願寺源家の七塔

 満願寺にある三廟は源満仲の末子の美女丸、藤原仲光とその子、幸寿丸の墓です。仲光は素行の悪かった美女丸の殺害を満仲に命じられ、身代わりに幸寿丸の首を差し出したそうです。後に美女丸は源賢阿闍梨という高僧になりました。三廟は室町時代初期から末期の造立で、川西市の有形文化財に指定されています。
満願寺三廟

 満願寺境内東側の奥に坂田金時の墓があります。坂田金時は足柄山の金太郎として有名です。足柄峠で源頼光と出会い、頼光の四天王の一人となりました。大江山で酒呑童子を退治したことで有名になりました。
坂田金時の墓

 満願寺の金堂は江戸時代の慶安年間(1648-1651)に再建された建物です。内部には永禄2年(1559)に造られた宮殿(くうでん)があります。仏像や、祖師像などを収める厨子で、室町時代末期の代表的な禅宗様の建築で、昭和61年(1986)に川西市の有形文化財に指定されています。
満願寺金堂

 満願寺の金堂の東隣に毘沙門堂があります。毘沙門堂には源満仲によって刻まれたと伝えられる木造毘沙門天立像が祀られています。木造毘沙門天立像は昭和42年(1967)に川西市の有形文化財に指定されています。
満願寺毘沙門堂


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