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兵庫の旅と歴史
兵庫の旅    豊岡市

温泉寺
おんせんじ
兵庫県豊岡市城崎町湯島985−2
Tel 0796-32-2669


 温泉寺は養老4年(720)に城崎温泉を開いた道智上人により天平10年(738)に開創された古刹です。温泉寺の本尊は平安時代中期に造られた2mを超える十一面観世音菩薩立像で国の重要文化財です。
 温泉寺縁起によると、奈良時代の名仏師・稽文(けいもん)が大和の長谷寺の二丈六尺の十一面観音像を造り、もう一つ観音像を造ろうとしましたが未完のまま海に投じられたそうです。稽文が湯治のため城崎にいたところ、偶然その観音像が円山川河口近くに打ち上げられました。稽文は仏縁の不思議さに感じ、像を完成し、道智上人にお願いして温泉寺を開創し本尊にしたと記されています。
 天平10年(738)に聖武天皇から末代山温泉寺の勅号を賜り、勅願寺となりました。繁栄しましたが度重なる兵火により次第に衰微します。至徳2年(1385)、清禅法印によって再興され、西国33所観音霊場にならい但馬西国33所が開かれ、33番札所となりました。
 この頃の温泉寺は1山6坊(別当坊(歓喜院)、大門坊、喜見坊、深海坊、中ノ坊、北の坊)の制がしかれ、別当坊が温泉寺を管理し、隆盛を極めました。その後寺運は一時衰退しましたが、正徳年間(1704-1715)に祐趣法印により伽藍の再興がなされ、今日に至っています。
 本堂、薬師堂、宝篋印塔、本尊の十一面観音立像、千手観音立立像、絹本著色十六善神像が国の重要文化財に指定され、四天王立像、金剛力士像が兵庫県の文化財に、山門、多宝塔、温泉寺縁起図、那智郡山図、渭川煙雨図などが豊岡市の文化財に指定されています。


温泉寺本堂(国重文)
 温泉寺の本堂は城崎温泉を見下ろす山腹に南向きに建てられています。至徳4年頃(1387頃) 温泉寺の中興、清禅法印によって建てられ、正徳年間(1704-1715)に祐趣法印により大改修されています。間口5間、奥行5間、単層、入母屋造り、銅板葺きで、明治37年(1904)に国の重要文化財に指定されています。
温泉寺本堂
 温泉寺の本堂は大悲殿、円通閣などと呼ばれています。但馬地域最古の木造建物で、和様、唐様、天竺様の3つの様式が融和した折衷様式です。 重厚な屋根のそり、主柱の均衡など室町前期を代表する建築美を持っています。
温泉寺本堂

温泉寺薬師堂(国重文)
 温泉寺の薬師堂は城崎温泉元湯近くの山門を入ったところに建てられています。間口4間、奥行4間の宝形造り、建築面積119u、単層、瓦葺きで、1間の向拝が付けられ、四方に縁高欄(こうらん)を巡らせています。江戸後期の宝暦から文政年間(1751-1830)に再建された建物です。
温泉寺薬師堂
 薬師堂は総欅造りで内部は前後に二分して内陣奥に須弥壇を置き、近世の密教系の仏堂の形式をしています。向拝を中心に豪華な彫刻が施されています。虹梁(こうりょう)には龍、柱上に並置した籠彫の手挟(たばさみ)などには目を見張るものがあります。薬師堂は平成27年(2015)に国の重要文化財に指定されました。
温泉寺薬師堂

温泉寺石造宝篋印塔(国重文)
 温泉寺の多宝塔の左手に石造の宝篋印塔があります。室町前期の元弘から明徳年間(1333-1392)頃に造られたとみられています。昭和36年(1961)に国の重要文化財に指定されています。
石造宝篋印塔

温泉寺山門
 温泉寺の山門は明和年間(1764-1772)に再建された建物です。三間一戸、入母屋造り、2階建ての二重門です。初重は銅板葺き、二重は桟瓦葺きで、但馬地方有数の山門です。昭和58年(1983)に豊岡市の有形文化財に指定されています。
温泉寺山門
 山門は欅造りで、左右に安置されている鎌倉時代の木造金剛力士像は、運慶・湛慶作といわれ、兵庫県の文化財に指定されています。楼上の「末代山」の額は後西天皇の第11皇女、宝鏡寺宮(ほうきょうじのみや)理豊女王(りほうにょおう)の御筆です。
温泉寺山門

温泉寺多宝塔
 温泉寺の多宝塔は本堂の裏の小高いところに建てられています。明和4年(1767)に再建された塔で、但馬地方唯一の多宝塔です。昭和50年(1975)に豊岡市の有形文化財に指定されています。
温泉寺多宝塔

温泉寺石造宝篋印塔
 温泉寺の多宝塔の右手にも石造の宝篋印塔があります。東塔とも呼ばれ、豊岡市の有形文化財に指定されています。
石造宝篋印塔


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