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京都の旅と歴史
京都の旅    宇治市

三室戸寺
みむろとじ
京都府宇治市菟道滋賀谷21
Tel 0774-21-2067


 明星山三室戸寺(みむろとじ)は三室戸山(明星山)中腹にある本山修験宗の別格本山です。西国三十三所観音霊場10番札所になっています。もとは天台宗寺門派(三井寺)に属し、宝亀年間(770-781)に光仁天皇の勅願により創建されたと伝えられています。
 宮中に奇瑞があり、光仁天皇の命で藤原犬養が調査しました。そして宇治川の支流志津川の上流岩滝で黄金の仏像を発見しました。光仁天皇はこの千手観音菩薩を安置し、大安寺の行表を開山として創建したのがこのお寺の始まりで、当初は御室戸寺と称したそうです。
  のちに光仁、花山、白河三帝の離宮になったため、御の字を「三」に替え、三室戸寺と改名したそうです。康和年間(1099-1104)に園城寺の修験僧・隆明(りゅうめい)によって中興され、文明11年(1479)、日野富子が宇治明神参拝の際、路次掃除のことで宇治の橋寺と争って堂塔を焼失しています。
 長享3年(1489)に再興されましたが、天正元年(1573)の槇島合戦で織田信長に焼かれました。信長と将軍足利義昭との合戦でしたが、寺が義昭に味方したため、寺領まで没収され、衰退しました。寛永16年(1639)、道晃法親王によってようやく復興されました。
 しかし江戸の中・後期には金蔵院と鐘楼が残っていたぐらいの悲惨な状態でした。 明和年間(1764-1772)忍興和尚が復興を計画しましたが果せず、文化11年(1814)の法如和尚の時に本堂が再建されました。大正7年(1918)に書院と茶室九窓亭が横浜三渓園に移築されています。

三室戸寺本堂
 三室戸寺の本堂は法如和尚によって文化11年(1814)に再建された重厚な建物で、秘仏の金銅千手観音立像が安置されています。間口5間、奥行4間、二重、入母屋造り、桟瓦葺きで、正面に軒唐破風がある3間の向拝(銅板葺き)が付いています。本堂は京都府の有形文化財に指定されています。
三室戸寺本堂

三室戸寺阿弥陀堂
 三室戸寺の阿弥陀堂は延享4年(1747)に建てられています。間口正面3間、背面2間、奥行2間、単層、寄棟造り、本瓦葺きの建物です。元々ここには親鸞の父・日野有範の墓があり、親鸞の娘覚信尼が墓上に阿弥陀堂を建て、菩提を弔いました。阿弥陀堂は京都府の有形文化財に登録されています。
三室戸寺阿弥陀堂

三室戸寺三重塔
 三室戸寺の三重塔は元禄17年(1704)に建てられた3間三重塔婆です。本瓦葺きで、高さは16mあります。明治43年(1910)に兵庫県佐用郡三日月村(現・佐用町)の高蔵寺にあったものを、買い取って移築したものです。参道西方の丘の上に建てられましたが、その後、現在地の鐘楼の東隣りに移されています。三重塔は京都府の有形文化財に指定されています。
三室戸寺三重塔

三室戸寺鐘楼
 三室戸寺の鐘楼は元禄2年(1689)に再建された建物です。間口1間、奥行1間、一重、切妻造り、本瓦葺きで、三室戸寺では最古の建物です(十八神社は所有が別)。鐘楼は京都府の有形文化財に指定されています。
三室戸寺鐘楼

十八神社本殿(国重文)
 十八神社本殿は本堂の西側奥の階段を上った上に建てられています。三室戸寺の鎮守社として建てられたもので、十八神社の所有となっています。三間社流造り、こけら葺きで、室町時代後期の長享元年(1487)の建築です。大正12年(1923)に国の重要文化財に指定されています。
十八神社本殿
 十八神社はもともと三室村の産土神として奉られ、三室(御室)神社でした。三室戸寺の創建の際、本山の鎮守神として山王信仰にまつわる十五神を合祀して、十八神社と名を改めたそうです。
十八神社

三室戸寺庭園
 三室戸寺の庭園は枯山水・池泉・広庭からなる5000坪の大庭園です。5月は2万株のツツジ、1千本のシャクナゲが咲き、6月は1万株のアジサイ、7月はハス、さらに秋は紅葉の名所になり、四季を通じて美しい花模様を楽しめます。
三室戸寺庭園



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