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京都の旅と歴史
京都の旅    宇治市

宇治神社
うじじんじゃ
京都市宇治市宇治山田1
Tel 0774-21-3041



 宇治神社は宇治上神社と二社一体の存在でした。明治以前は宇治神社は「下社」・「若宮」、宇治上神社は「上社」・「本宮」と呼ばれ、両社を合わせて「宇治離宮明神(八幡宮)」と呼ばれました。明治に入って宇治上神社とは分離し、明治44年(1911)に府社に昇格しています。
 延長5年(927)の「延喜式」神名帳に山城国宇治郡に「宇治神社二座 鍬靫」と記載されています。この2座が宇治神社と宇治上神社を指していると思われます。鍬(くわ)靫(ゆぎ)は祈年祭の際に朝廷から鍬・靫の奉献があったことを記しています。
 宇治上神社の境内は菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の離宮「桐原日桁宮」の旧跡といわれ、そのため離宮明神と呼ばれたようです。菟道稚郎子は応神天皇の皇子で、天皇に寵愛され皇太子になりましたが、異母兄の大鷦鷯尊(のちの仁徳天皇)に皇位を譲るため自殺したといわれています。
 菟道稚郎子は宇治十帖の八宮(はちのみや)のモデルともいわれ、皇子の亡くなった後、邸宅跡にその霊を祭ったのが宇治神社の起源ともいわれます。宇治神社の本殿は鎌倉時代後期の造営で、国の重要文化財です。拝殿は桐原殿とも呼ばれ、間口3間、奥行3間、入母屋造り、檜皮葺きの建物です。


宇治神社本殿(国重文)
 宇治神社の本殿は三間社流造り、檜皮葺きの社殿で、鎌倉時代後期に再建された建物です。明治35年(1902)に国の重要文化財に指定されています。内殿には菟道稚郎子の木造菟道稚郎子命坐像が祀られています。この像も国の重要文化財に指定されています。
宇治神社本殿



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