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京都の旅と歴史
京都の旅    宇治市

宇治上神社
うじがみじんじゃ
京都府宇治市宇治山田59
Tel 0774-21-4634


 宇治上神社は宇治神社と二社一体の存在でした。明治以前は宇治上神社は「上社」・「本宮」、宇治神社は「下社」・「若宮」と呼ばれ、両社を合わせて「宇治離宮明神(八幡宮)」と呼ばれました。明治に入って宇治神社と分離しています。
 延長5年(927)の「延喜式」神名帳に山城国宇治郡に「宇治神社二座 鍬靫」と記載されています。この2座が宇治上神社と宇治神社を指していると思われます。鍬(くわ)靫(ゆぎ)は祈年祭の際に朝廷から鍬・靫の奉献があったことを記しています。
 宇治上神社の境内は菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の離宮「桐原日桁宮」の旧跡といわれ、そのため離宮明神と呼ばれたようです。菟道稚郎子は応神天皇の皇子で、天皇に寵愛され皇太子になりましたが、異母兄の大鷦鷯尊(のちの仁徳天皇)に皇位を譲るため自殺したといわれています。
 平安時代に平等院が建立されるとその鎮守社となりました。その後、近隣住民の崇敬を集め社殿が維持されてきました。本殿は日本最古の神社建築です。拝殿は鎌倉初期の宇治離宮を移築したものといわれ、2つとも国宝に指定されています。また摂社春日神社本殿は国の重要文化財です。
 宇治上神社の境内外には「天降石」や「岩神さん」と呼ばれる巨石があり、磐境(いわさか)信仰による創祀という一説もあります。
 宇治上神社は平成6年(1994)12月に、「古都京都の文化財」のひとつとして、ユネスコの世界遺産に登録されました。


宇治上神社拝殿(国宝)
 宇治上神社の拝殿は鎌倉初頭の建物で、寝殿造りの様式を伝えています。間口6間、奥行3間、単層、切妻造り、檜皮葺きで正面に1間の向拝があります。両妻には1間の通り庇(ひさし)が付いています。縋破風(すがるはふ)といわれる手法を用いた屋根の美しさは格別です。
宇治上神社拝殿
 内部は板床と天井を張り、蔀戸(しとみど)を多用した住宅風の構えです。左右の社殿にある蟇股(かえるまた)は日本三蟇股として有名です(他は醍醐寺薬師堂、中尊寺金色堂)。拝殿は宇治離宮を移築した建物だといわれています。昭和27年(1952)に国宝に指定されています。
宇治上神社拝殿

宇治上神社本殿(国宝)
 宇治上神社の本殿は平安時代後期(1060年頃)の建立とみられ、現存する日本最古の神社建築です。間口5間、奥行3間、単層、檜皮葺きの建物で、内殿に一間社流造りの3殿が左右に並んで鎮座しています。内殿は第一殿の左殿(向かって右)に菟道稚郎子命、第二殿の中殿に応神天皇、第三殿の右殿(左)に仁徳天皇を祀っています。
宇治上神社本殿
 本殿は飾り気のない質素で素朴な感じの建物です。内殿と覆屋は構造的に一体化していて、左殿と右殿の側廻りや屋根部分は覆屋と共通になっています。本殿は昭和27年(1952)に国宝に指定されています。左殿と右殿の内陣扉内側には彩絵があり、建物とは別個に「絵画」として重要文化財に指定されています。
宇治上神社本殿

宇治上神社・摂社春日神社本殿(国重文)
 宇治上神社の摂社の春日神社本殿は本殿に向かって右側に建てられています。鎌倉後期の建物で一間社流造り、檜皮葺きです。春日神は、藤原氏の氏神であり、平等院の鎮守社として、一族の繁栄を願って建てられたと思われます。大正元年(1912)に国の重要文化財に指定されています。
春日神社本殿

桐原水
 拝殿のすぐ右に、宇治七名水の一つである桐原水(きりはらすい)が、湧いています。お茶に欠かせない「宇治七名水」が定められていましたが、現在、他の6名水は失われ、桐原水だけが、今日もなお清らかな水を湧出しています。
桐原水



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