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奈良の旅と歴史
三重の旅    伊賀市

観菩提寺
かんぼだいじ
三重県伊賀市島ヶ原1349
Tel 0595-59-2009


 普門山観菩提寺は真言宗豊山派のお寺で、修正会で知られ「正月堂」の名で親しまれています。聖武天皇は天平年間に近江の紫香楽(しがらき)に都を移しましたが、奈良との往復路にあたるこの地に休息所として行宮(あんぐう)を造りました。
 その行宮を奈良東大寺開山の良弁(ろうべん)の弟子・実忠が天平勝宝3年(751)に改修して諸堂を建立したのが観菩提寺の始まりといわれています。国指定重要文化財の本尊・十一面観世音像は秘仏で、33年に一度しかご開帳されないそうです。
 観菩提寺は歴代天皇や諸武将の帰依を受けて栄え、12坊30余塔を有した時もありましたが、天正年間(1573-1592)の兵火にかかり、本堂、楼門を残して焼失しました。本堂、楼門は国の重要文化財に指定されています。
 三重県の無形民俗文化財に指定されている修正会(しゅしょうえ)は、毎年2月11・12日に行われます。厄除け大餅会(だいひょうえ)式で、そこに達陀をはじめとする厳粛な儀式が合わさったユニークなもので、五穀豊穣と除厄を祈ります。


観菩提寺本堂(国重文)
 観菩提寺の本堂は間口3間、奥行3間、単層、入母屋造り、檜皮葺きで、正面に3間の向拝を付けています。室町時代前期の元弘から元中年間(1333-1392)頃の建築です。柱はすべて円柱で、堂内正面に須弥壇を設け、その上に厨子が付けられています。明治40年(1907)に国の重要文化財に指定されています。
観菩提寺本堂


観菩提寺楼門(国重文)
 観菩提寺の楼門は入母屋造り、檜皮葺きの三間一戸の楼門です。本堂と同じく室町時代前期の元弘から元中年間(1333-1392)頃の建築です。背面右側に木造多聞天立像、左側に木造広目天立像を安置しています。明治40年(1907)に国の重要文化財に指定されています。
観菩提寺楼門


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