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奈良の旅と歴史
三重の旅    伊賀市

上野城(伊賀上野城)
うえのじょう(いがうえのじょう)
三重県伊賀市上野丸之内106


 伊賀上野城は、上野盆地のほぼ中央にある上野台地の北部にある海抜180mほどの丘に建てられました。白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれました。
 城は天正9年(1581)伊賀の守護職になっていた織田信雄(のぶかつ)の家臣滝川雄利が平楽寺跡に館塞を築いたのが起源とされています。天正13年(1585) 大和郡山から移ってきた筒井定次が5万石で入部しました。そして3層の天守の近代的な城郭に改築したそうです。
  慶長13年(1608)徳川家康は失政の多いのを理由に筒井定次を改易させました。そして、信頼の厚かった藤堂高虎を伊賀、伊勢に移封させ大坂との決戦に備え、城造りをさせたのです。慶長16年(1611)本丸を西に拡張、濠を深くして高さ 約30mという高石垣をめぐらして南を大手と しました。 建設中の五層の天守閣は、慶長17年(1612)9月、大暴風で倒壊してしまいました。
 慶長19年(1614)の大坂冬の陣、元和元年(1615)の夏の陣と家康方の勝利に終わり、敵対勢力が無くなったことで幕府は諸大名に城普請を厳しくしたため、上野城の天守閣が再建されることはありませんでした。
 明治維新後、他の城と同様、上野城も城本体は取り壊されました。昭和10年(1935)衆議院議員であった川崎克の私財を投じた努力により模擬天守として復興され現在の3層3階の天守閣ができました。
 今の城は正式には伊賀文化産業城というのだそうです。昭和55年(1980)4月に公開された映画「影武者」の撮影舞台となり反響をよびました。


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