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奈良の旅と歴史
三重の旅    鈴鹿市

伊勢国分寺跡
いせこくぶんじあと
三重県鈴鹿市国分町


 「国泰らかに人楽しみ、災いを除き福至る」を祈願された、天平13年(741)の聖武天皇の詔は、国々に国分寺(僧寺と尼寺があった)という寺を建てさせ、国家の平和を祈らせるものでした。
 全国六十六ヶ国と壱岐・対馬の二島に国分寺を建立し、仏教の弘通により国土安穏・万民豊楽を祈願するとともに文化の興隆をはかったのです。奈良の東大寺が総国分寺として位置づけられました。
 伊勢国の国分寺のあったこの場所は、鈴鹿川流域は畿内と東国を結ぶ交通の要衝の地にあって古くから開けていたようです。伊勢国内における先進地でもあったようです。
 大正11年(1922)国分町字堂跡を中心とした約200m四方にわたり国史跡に指定されましたがまだ発掘調査が行なわれています。隣接する考古博物館でもその様子が説明されています。


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