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奈良の旅と歴史
奈良の旅    生駒郡平群町

朝護孫子寺
ちょうごそんしじ
奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)信貴山2280ー1
Tel 0745-72-2277


 朝護孫子寺は正式には信貴山(しぎさん)歓喜院朝護孫子寺という信貴山真言宗の総本山です。延喜2年(902)、明蓮が醍醐天皇の勅命で創建した時、「朝廟安穏 守護国土 子孫長久」の願文から名付けたそうです。
 寺伝では聖徳太子が物部守屋討伐を祈願し、寅の年、寅の日、寅の刻に毘沙門天から加護され討伐に成功したことから、「信ずべき山、貴ぶべき山」信貴山と名づけられ、命蓮上人平癒の祈願で醍醐天皇の病が全快し、朝護孫子の号を賜ったとなっています。
  平安時代以降は、外敵退散、悪魔降伏を祈る毘沙門天信仰から武人の崇敬を集め、河内の豪族・河内正康も深く毘沙門天に帰依しました。その子供には多聞丸と名付けました。のちの楠木正成です。菊水紋のついた甲冑(重文)と、菊水の旌旗が正成により奉納されています。
 三好長慶の家臣であった松永久秀は、長慶の死後、京の実権を握りました。足利義昭を奉じて大挙入洛した織田信長に服属しましたが、朝倉・浅井に挟撃され敗退した織田を裏切り、永禄3年(1560)、信貴山に城を築き立てこもりました。
 信長は1日で信貴山を焼き払い、久秀は平蜘蛛の釜とともに爆死しました。この時の兵火で朝護孫子寺も灰燼に帰しました。慶長7年(1602)に豊臣秀頼によって再興され、徳川幕府には保護されました。しかし、昭和26年(1951)に本堂は焼失しました。


朝護孫子寺赤門
 朝護孫子寺の赤門は千手院の手前に建てられています。寛政5年(1793)に再建された朱色が鮮やかな美しい門です。本山信貴山と書かれた看板が掛かっています。平成21年(2009)に塗り替えられています。
朝護孫子寺赤門

朝護孫子寺本堂
 朝護孫子寺の本堂は清水寺と同じく崖からせり出した舞台造り(コンクリート造り)です。慶長7年(1602)に豊臣秀頼によって再建され、(他説には文禄年間(1592-1596)豊臣秀吉により再建とする説もあり)、後に修復を加え、延享3年(1746)に完成しました。しかし昭和26年(1951)に本堂は漏電のため焼失し、昭和33年(1958)に再建された建物です。
朝護孫子寺本堂

朝護孫子寺経蔵堂
 朝護孫子寺の経蔵堂は、中央に回転できる経厨子があり、中に仏教のあらゆる法門の経典を集めた「一切経」を納めてあります。その経厨子は、一回転させる毎に「一切経」をすべて読誦したのと同じ功徳があるといわれています。
朝護孫子寺経蔵堂

朝護孫子寺鐘楼堂
 朝護孫子寺の鐘楼堂には一丈四方に袴腰が付いています。貞享4年(1687)に再建された建物です。梵鐘には信貴四郎と銘があり、南部遠明の家臣・田部井十郎が鋳造して奉納したとのことです。
朝護孫子寺鐘楼堂

朝護孫子寺多宝塔
 朝護孫子寺の多宝塔の祭壇には大日如来が祀られています。坐像丈三尺、恵心僧都作ともいわれ、古くは天台宗との関わりが伺えます。元禄2年(1689)に建立、明治15年(1882)に修復されています。多宝塔の横から信貴山の頂上、城跡に行くことができます。
朝護孫子寺多宝塔

朝護孫子寺仁王門
 朝護孫子寺の仁王門は宝暦10年(1760)に大阪宝栄講が再建した建物です。明治14年(1881)に大修理され、大正11年(1922)にこの場所に移転されています。2体の仁王像の前にはわらじが奉納されていました。
朝護孫子寺仁王門

朝護孫子寺本坊
 朝護孫子寺の本坊は間口11間、奥行3間の建物で、安政年間(1854-1860)に大阪堂島の木綿屋梅蔵が寄進しています。平成9年(1997)に改修されています。隣接して護摩堂があります。建物入口には、張り子の寅が置かれています。
朝護孫子寺本坊

朝護孫子寺大寅
 朝護孫子寺にある大寅は体長約6mもある「世界一福寅」だそうです。その巨大な張り子の寅は、大きく口を開けて顔が上下左右にゆっくり動きます。トラつながりで、阪神タイガースの選手が戦勝祈願する寺としても有名です。
朝護孫子寺大寅

朝護孫子寺霊宝館
 朝護孫子寺にある霊宝館には、国宝「信貴山縁起」絵巻の複製が展示されています。原本は奈良国立博物館に寄託されています。国重文指定の楠正成の兜や、平群町指定文化財の「菊水の旌旗」も展示されています。
朝護孫子寺霊宝館

朝護孫子寺虚空蔵堂
 朝護孫子寺の虚空蔵堂には虚空蔵菩薩を安置しています。虚空蔵菩薩は弘法大師・空海が青年時代に修行した「虚空蔵求聞持法」の本尊です。宇宙全体に満ちている仏の無量無尽の知恵や功徳を蔵する菩薩です。入試合格祈願に効能があるということです。
朝護孫子寺虚空蔵堂

日本一大地蔵尊
 日本一大地蔵尊は朝護孫子寺の玉蔵院にある巨大な地蔵尊で、昭和8年(1933)に建てられています。総高14.54mで、隣の三重塔にも負けない迫力です。
日本一大地蔵尊

朝護孫子寺聖徳太子像
 朝護孫子寺の聖徳太子像は馬に乗る聖徳太子像です。「長崎平和祈念像」を作成した日本を代表する彫刻家、北村西望の作です。聖徳太子が物部守屋の討伐にむかう姿を彷彿とさせます。
朝護孫子寺聖徳太子像

開運橋
 開運橋は全長106mの剛性橋です。三郷町南畑と信貴山西の大門池に架けられています。昭和6年(1931)に竣工された「上路カンチレバー橋」形式で、開運橋はその形式では現存する日本最古の橋です。また鉄骨を組み合わせた「トレッスル橋脚」も珍しく、平成19年(2007)に国の登録有形文化財に選定されました。
開運橋


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