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奈良の旅と歴史
奈良の旅    生駒郡斑鳩町

法隆寺・西院伽藍
ほうりゅうじ・せいいんがらん
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1−1
Tel 0745-75-2555


 法隆寺は塔・金堂を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられています。日本書紀に天智天皇9年(670)に法隆寺は一屋余すところなく焼失したという記事があり、現存する法隆寺西院伽藍は聖徳太子創建時のものと、全焼した後、再建されたものとする説とあります。
 法隆寺の伽藍全体の総門にあたる国宝の「南大門」は、三間一戸の八脚門です。創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されました。
南大門
 、単層入母屋造で大きな屋根と深い軒が特徴です。東大寺南大門(奈良県奈良市)・東照宮陽明門・日暮門(栃木県日光市)とともに、日本3大門のうちの1つに数え上げられています。
南大門
 国宝の中門は入母屋造の二重門です。西院伽藍の正門です。天智9年(670)の火災後再建された門で正面柱間が4間で、真中に柱が立つ珍しい門です。
中門
 門内の左右に塑造金剛力士立像を安置しています。和銅4年(711)に造られた日本最古の仁王像で国の重要文化財に指定されています。深く覆いかぶさる軒、その下の組物や勾欄、それを支えるエンタシスの柱、いずれも飛鳥建築の特徴です。
中門
 国宝の五重塔は木造塔として日本最古の塔です。初重から五重までの屋根の逓減率が高いことがこの塔の特色で、五重の屋根の一辺は初重屋根の約半分の大きさになっています。高さは基檀上より約31.5mです。
五重塔
 初層内陣には心柱を囲むように須弥壇が築かれています。東面・西面・南面・北面それぞれに有名な塑造群像があります。これら80点が国宝です。東面は「維摩経」(ゆいまきょう)に登場する、文殊菩薩と維摩居士の問答の場面、北面は釈迦の涅槃、西面は分舎利の場面、南面は弥勒の浄土を表わしています。
五重塔
 法隆寺のご本尊を安置している国宝の金堂です。世界最古の木造建築です。四方に階段を付けた二重の基檀に立つ二層づくりで、柱上に横材が何段も井桁に組まれています。
金堂
 堂内には聖徳太子の冥福を祈って造られたという止利仏師の国宝・釈迦三尊像を安置しています。天人と鳳凰が飛び交う天蓋が吊るされ、周囲の壁面には、世界的に有名な飛天図が描かれています。この12面の壁画は昭和24年(1949)の昭和の大修理中に火災にあい、再現された壁画です。
金堂
 国宝の大講堂は仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立されました。鐘楼とともに延長3年(925)に落雷により焼失しましたが、正暦元年(990)に再建された建物です。
大講堂
 本尊の薬師三尊像(国宝)及び四天王像もその再建されたときに造られています。垂木勾配を緩くしたままで造られています。そのため日本独特の屋根の上にまた屋根を設けるという形式です。このような形式の屋根では現存最古のものだそうです。
大講堂
 回廊も国宝です。東側の国宝の鐘楼、中央の大講堂、西側の経蔵につながり、西院伽藍を形造っています。平安時代以前の回廊は、経蔵、鐘楼の手前で閉じられ、大講堂、経蔵、鐘楼は回廊の外側に建っていたようです。
回廊
 エンタシスの円柱が続き、間には連子窓(れんじまど)が組み込まれています。西回廊(73m)より東回廊(76m)のほうが一間だけ長くなっているのは、金堂と五重塔のバランスを考慮したものだと考えられています。
回廊
 経蔵は経典を納める施設として建立されました。ここも国宝です。天文や地理学を日本に伝えたという百済の学僧、観勒(かんろく)僧正の座像(重文)を安置しています。
経蔵
 西院伽藍の西北の丘の上に八角形をした国宝の西円堂があります。奈良時代、聖徳太子の3夫人の1人橘夫人の発願により行基菩薩によって、創建されたと伝えられています。現在の建物は、建長2年(1250)に再建されたものです。
西円堂
 堂内の空間いっぱいに坐す本尊薬師如来坐像(国宝)は、奈良時代の乾漆像です。俗に「峰の薬師」と呼ばれ、耳病によく効くというので、錐(きり)を納める風習が今日に伝わっています。本尊台座周囲には小ぶりな十二神将立像(重文)、千手観音立像(重文)を安置しています。
西円堂
 国宝の聖霊院は西院伽藍の東側に建つ、聖徳太子を祀る寝殿造りの建物です。保安2年(1121)東室の南側の一部を改造したもので、現在の建物は弘安7年(1284)にやや規模を大きくして新造されたものです。
聖霊院
 厨子には聖徳太子が45歳の時に講義する姿を表した国宝の聖徳太子像のほか太子の長子・山背大兄王や兄弟皇子の殖栗王の像、太子の兄弟皇子・卒末呂王や高句麗僧・恵慈法師の像(いずれも国宝)が祀られ 、「お会式」で公開されるそうです。
聖霊院
 国宝の三経院(さんぎょういん)は西院伽藍の西側、聖霊院と対称的な位置に建っています。創建時代の建物は焼失し、寛喜3年(1231)聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の三つの経典を注釈されたこと(三経義疏)にちなんで、西室の南端部を改造して建てられました。
三経院
 三経とは、法華経・維摩経・勝鬘経で現在も毎年、夏安居の3ヶ月間(5月16日〜8月15日)に講義を行なっています。国の重要文化財の阿弥陀如来坐像持国天・多聞天立像を安置しています。
三経院
 国宝の綱封蔵(こうふうぞう)は聖霊院の東に位置しています。綱封蔵とは全僧侶を統括する僧官である僧網が開閉する蔵です。綱封は勅封に次ぐ格式があったそうです。
綱封蔵
 南北9間の両端各3間にそれぞれ蔵を設け、中央の3間が吹き抜けになっています。双蔵(ならびくら)と呼ばれる様式の建物です。またエンタシスの床柱など奈良時代の特色をみることも出来ます。ここにあった寺宝などは大宝蔵殿などへ移されているそうです。
綱封蔵
 国宝の食堂(じきどう)は天平時代に建立された現存日本最古の食堂です。単層切妻造りの簡素な建物です。もとは政所という法隆寺の寺務所でしたが、平安時代に入り僧が食事をする場所として使われました。
食堂と細殿
 重要文化財の細殿と軒を接して並べて建てられています。このような建て方は双堂(ならびどう)といい、奈良時代の様式です。
食堂
 大宝蔵院は国宝の百済観音像を祀るために平成10年(1998)に建てられた新しいお堂です。内部には悪夢を良夢に替えてくれるという国宝の夢違観音(観音菩薩立像)や、香木を用い、彩色を施さず白木で仕上げた国宝の観音菩薩立像(九面観音)も安置されています。
大宝蔵殿
 また大宝蔵院には推古天皇が所持していた仏殿と伝えられている国宝の玉虫厨子もあります。透かし彫りの飾金具の下に本物の玉虫の羽を敷き詰めて装飾したことからこの名があります。厨子の扉や壁面の装飾画も素晴らしい作品です。
大宝蔵殿
 国宝の東大門は西院伽藍から東院伽藍へ向かう道筋に建っています。珍しい三棟造りの八脚門です。切妻造、本瓦葺で奈良時代八脚門の典型的な形式の山門です。
東大門
 この東大門は「中ノ門」ともよばれています。平安時代に現在の場所に移設されたようです。天平時代のものとしては、他に東大寺の転害門があるだけです。
東大門


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