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奈良の旅と歴史
奈良の旅    生駒郡斑鳩町

法隆寺・東院伽藍
ほうりゅうじ・とういんがらん
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1−1
Tel 0745-75-2555


 法隆寺は塔・金堂を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられています。
 この東院伽藍は聖徳太子一族の住居であった斑鳩宮の跡であり、天平10年(738)頃、行信僧都が斑鳩宮の旧地に太子をしのんで建立したものだそうです。
 回廊で囲まれた中に八角円堂の夢殿が建ち、回廊南面には礼堂、北面には絵殿及び舎利殿があり、絵殿及び舎利殿の北に接して伝法堂が建っています。
 明治維新以後の廃仏毀釈により、財政面で困窮の淵にあった法隆寺は、明治11年(1878)貴重な寺宝300件余を皇室に献納し、一万円を下賜され、この援助で7世紀以来の伽藍や堂宇が維持されました。
 国宝の夢殿は八角円堂の建物です。四方に扉が設けてあり、瓦ぶきの屋根は創建当時のものです。、夢殿は643年蘇我入鹿によって焼かれ、現在ある夢殿は天平時代の建立です。
夢殿
 夢殿は聖徳太子が夢の中で金人(仏)に出会ったという伝説から名づけられたといわれています。明治17年(1884)岡倉天心はフェノロサと共に数百年間開けられたことの無かった秘仏の救世観音像をみつけました。
 国宝の伝法堂(でんぽうどう)は天平11年(739)聖武天皇夫人の橘古那加智の住居を施入したもので、東院の講堂にあたります。床を張った現存最古の建物です。
伝法堂
 桁行き三間、梁行き四間の壁と扉で閉ざされた部分、桁行き二間の開放的な部分そして広い簀子敷と三つの空間からなっています。床を上げ、土間から切り離す古代平地住居の形式をとっています。空間を仕切るものとして壁と扉しかなく、内部には間仕切りもありません。
 東院にある鐘楼も国宝です。三間二間の楼造で、一階に腰板を張って軸部を見えなくした袴腰(はかまごし)という形式です 。舎利殿の舎利を奉出する時や、東院伽藍で法要が営まれる時の合図として使用されています。
東院鐘楼
 内部に「中宮寺」と陰刻された奈良時代の梵鐘が吊されています。そのことから中宮寺より移されたものといわれています。
東院鐘楼
 舎利殿は聖徳太子が2歳の春に、合掌された掌中から出現したという舎利を安置する建物です。国の重要文化財に指定されています。
舎利殿


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