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奈良の旅と歴史
奈良の旅    生駒市

宝山寺
ほうざんじ
奈良県生駒市門前町1−1
Tel 0743-73-2006


 都史陀山・宝山寺は生駒山の東側中腹にあり、生駒聖天(いこましょうてん)の名で広く知られる真言律宗の大本山です。この地は役行者の開いた修験者の行場として栄え、弘法大師も修行したと伝えられています。
 延宝6年(1678)、湛海律師(たんかいりつし)が入山して中興となり、諸堂を整備しました。貞享3年(1686)に聖天堂に祀った歓喜天は、生駒聖天として広く信仰を集めるようになりました。江戸時代には、宝山寺は商売の神として大阪商人の信仰を集めました。
 元禄12年(1699)、東山天皇から皇子誕生祈願の勅命を受けて法験をあらわして以来、明治維新まで勅願寺となっていました。徳川幕府や、郡山藩主柳沢家からも崇敬され繁栄しました。大正7年(1918)には日本最初のケーブルカー、生駒鋼索鉄道(現・近鉄生駒鋼索線)が敷設されています。
 長い参道の両側には燈籠が並び、般若窟と呼ばれる大岩壁を背に、本堂、聖天堂、多宝塔、観音堂、奥の院などが建てられています。麓から続く参道の階段は奥の院までを含めると千段にのぼり、年間300万人もの参拝客を集めています。宝山寺の客殿である獅子閣は国の重要文化財に指定されています。


宝山寺獅子閣(国重文)
 宝山寺の獅子閣は宝山寺の客殿で、明治17年(1884)に建てられています。2階建て、寄棟造り、車寄切妻造りです。障子を三方にはめたステンドグラスや、螺旋階段があります。1、2階の外柱の柱頭飾り、玄関・ベランダの天井の意匠、窓や外扉のアーチなど、明治のハイカラな洋風建築をしのばせます。
宝山寺獅子閣
 棟梁は宝山寺出入りの越後の大工・吉村松太郎です。寺からの命を受け横浜まで足を運んで洋風建築を学んだといわれています。獅子閣は設計図7枚・棟札1枚とともに、昭和36年(1961)に国の重要文化財に指定されています。
宝山寺獅子閣

宝山寺本堂
 宝山寺の本堂は5間4面の重層の護摩堂様式の建物で本尊の不動明王を祀っています。貞亨5年(1688)に郡山藩家老であった梶金平一雄、部一父子が施主となり、大阪の日下利左衛門、庄屋の大神和家らの尽力により建てられました。宝山寺創建当初の威風を残す建物です。
宝山寺本堂

宝山寺聖天堂拝殿
 宝山寺の聖天堂拝殿は八つ棟造り、檜皮葺きの建物で、本堂の隣に明治10年(1877)に建てられました。聖天堂内陣の円檀中央に歓喜天の厨子があり、その背後の造り付けの厨子に、荒神・十一面観音・毘沙門天が祀られています。
宝山寺聖天堂拝殿

宝山寺多宝塔
 宝山寺の多宝塔は昭和32年(1957)に18世の実道和尚の時、建てられました。塔は鎌倉様式で、建築細部の意匠は桃山様式、内陣須弥壇や四天柱は藤原様式になっています。
宝山寺多宝塔

宝山寺文殊堂
 宝山寺の文殊堂は本堂から奥の院に向かう途中にあります。昭和53年(1978)に中興開基300年大法要の記念に建てられた新しいお堂です。それまでは文殊堂はなく、本堂東前にある天神様が受験生などの祈祷をしていたそうです。
宝山寺文殊堂

宝山寺観音堂
 宝山寺の観音堂の前身は常念観音院と呼ばれ、天和4年(1684)に建てられた歴史のある建物です。間口3間半、奥行1間の小堂で、天保15年(1844)に瓦葺きのお堂に建て替えられています。
宝山寺観音堂


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