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奈良の旅と歴史
奈良の旅    奈良市

元興寺(極楽坊)
がんごうじ(ごくらくぼう)
奈良県奈良市中院町11
Tel 0742-23-1377


 元興寺(がんごうじ)は蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺がその前身です。法興寺は平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、元興寺となったのです。
 奈良時代には近隣の東大寺、興福寺と並ぶ南都七大寺の1つに数えられるお寺でしたが、都が京都に移ると次第に衰退しました。
 元興寺には奈良時代の学僧・智光が描かせた阿弥陀浄土図(智光曼荼羅)がありました。平安末期の末法思想の流行や阿弥陀信仰の隆盛とともにこの曼荼羅が信仰を集めるようになったのです。
 曼荼羅を祀る堂は「極楽坊」と呼ばれて、次第に元興寺本体とは別の寺院として発展するようになったのです。
 宝徳3年(1451)、土一揆のあおりで元興寺は炎上し、五重塔などはかろうじて残りましたが、金堂など主要堂宇や智光曼荼羅の原本は焼けてしまいました。そして、寺は智光曼荼羅を祀る「極楽院」、五重塔を中心とする「元興寺観音堂」、それに「小塔院」の3つに分裂したのです。
 奈良時代の元興寺伽藍は、南大門、中門、金堂、講堂、鐘堂、食堂が南北に一直線に並び、中門左右から伸びた回廊が金堂を囲み、講堂の左右に達していたそうです。回廊の外側、東には五重塔を中心とする東塔院、西には小塔院があったようです。
 講堂の背後左右には、数棟ずつの僧房がありました。智光をはじめとする僧たちがここに住んでいたのです。これは、東西に長い長屋のような建物で、このうち東側手前にあった僧房を鎌倉時代に改造したものが、現存する本堂と禅室なのです。
 西側の屋根には飛鳥時代の瓦が残っています。行基葺(ぎょうぎぶき)という天平時代特有の丸瓦を重ねた美しさがあります。本堂、禅室の南側に収蔵庫があり、高さ5.5mの国宝の五重小塔などが収蔵されています。
 国宝の本堂は極楽堂とも呼ばれています。寄棟造、瓦葺で、東を正面として建っています。正面柱間が偶数の6間で中央に柱が来ている点が珍しい点です。内部は板敷きの内陣の周囲を畳敷きの外陣がぐるりと囲んでいます。内陣の周囲を念仏を唱えながら歩き回る「行道」ができるように造られています。
元興寺極楽坊本堂
 同じく国宝の禅室は切妻造、瓦葺きで本堂の西に軒を接して建っています。元は本堂と一緒の東西に長いひと続きの僧房であったものを鎌倉時代に改築しました。本堂と同様、部材や屋根瓦の一部には奈良時代のものが残っています。
元興寺極楽坊禅室
 東門は四脚門とよばれる門で一間一戸、切妻造の本瓦葺きです。国の重要文化財に指定されています。応永18年(1411)東大寺の西南院門を移築したものです。
元興寺極楽坊東門


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