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奈良の旅と歴史
奈良の旅    奈良市

法華寺
ほっけじ
奈良県奈良市法華寺町882
Tel 0742-33-2261


 法華寺は光明宗の寺院で、大和三門跡に数えられる品格ある尼寺です。東大寺が全国の総国分寺であったのに対し、法華寺は総国分尼寺であり、正式には法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)といわれました。
 この地は、もとは藤原不比等の邸宅でした。不比等の没後、娘の光明子、すなわち光明皇后がここを皇后宮としたのでした。天平17年(745)この皇后宮を宮寺としたことから法華寺が生まれたのです。
 奈良時代の法華寺は東西両塔をもつ大寺院であったようです。平安京遷都以後は次第に衰微し、治承4年(1180)の平重衡の兵火などでかなり荒廃しました。
 鎌倉時代、東大寺大仏の再興を果たした僧・俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん)によって、建仁3年(1203)、法華寺の堂宇、仏像が再建されました。そして鎌倉時代中期には真言律宗の僧・叡尊(えいそん)によって本格的な復興がなされたのです。
 しかし明応8年(1499)、永正3年(1506)の兵火や慶長元年(1596)の地震で東塔以外の建物を失いました。(東塔は宝永4年(1707年)の地震で倒壊したそうです)
 慶長6年(1601)、豊臣秀頼と淀殿が片桐且元を奉行として現在の本堂、鐘楼、南門を再建させました。これらは国の重要文化財に指定されています。
 重要有形民俗文化財に指定されている「から風呂」は光明皇后が千人の垢を自ら流したという伝説のある蒸し風呂です。千人目の病人の膿を皇后が吸うと患者は荘厳な阿?(あしょく)仏となって姿を消したそうです。
から風呂
 東庭園は江戸時代前期の作庭です。前庭、内庭、主庭で構成されています。
東庭園
 秀頼と淀殿の寄進で再建された本堂は寄棟造りで、本瓦葺きです。再建の際、地震で倒れた前身堂の部材を再利用しているそうです。堂内厨子には国宝の本尊・木造十一面観音像を安置しています。
本堂


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