あなたは 番目の訪問者です。(ogino作成共通カウント)
直線上に配置
奈良の旅と歴史
奈良の旅    奈良市

海竜王寺
かいりゅうおうじ
奈良県奈良市法華寺北町897
Tel 0742-33-5765


 海竜王寺は真言律宗のお寺で、平城京の北東隅にあるために「隅寺(すみでら)」とも呼ばれたそうです。また他説には、皇后宮の東北の隅にあったからともいわれています。この地は藤原不比等の邸だった所で、養老4年(720)不比等の死後、娘の光明皇后が皇后宮としました。
 天平3年(731)、光明皇后の発願で寺にしたそうです。唐から帰った玄ムを開基としています。海竜王寺という寺号は、海竜王経という経典からとられています。玄ムが唐から日本への帰る途中、暴風雨に遭遇し、海竜王経を一心に唱えたことで九死に一生を得て種子島に漂着し助かったそうです。
 奈良時代は宮廷寺院・宮中内道場として繁栄いたしましたが、平安京に都が移ると衰退しました。鎌倉時代に真言律宗の宗祖である叡尊が嘉禎2年(1236)から2年間海竜王寺に住して復興させました。戒律の道場として栄え、幾人もの西大寺長老を輩出し、真言律宗の中で筆頭格になりました。
 室町時代、応仁の乱で衰退し、江戸時代まで続きました。徳川幕府から100石を与えられ、伽藍の維持・管理を行いました。明治の廃仏毀釈で、東金堂や什物を失い荒廃し無住の時も続きました。昭和28年(1953)に住職が着任し、堂宇の修理、境内の整備が行われました。


海竜王寺西金堂(国重文)
 海竜王寺の西金堂は創建前後の和銅3年から延暦12年(710-793)頃に建てられた奈良時代の貴重な建物です。創建当時ここには、西金堂のほか中金堂、東金堂と3つの金堂があり、わが国初めての仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)と同じ形式であったようです。海竜王寺は私的なお寺だったため塔はなく伽藍や金堂も小さかったようです。
海竜王寺西金堂
 西金堂は間口3間、奥行2間、単層、切妻造り、本瓦葺きの仏堂で、内部に五重小塔(国宝)を安置しています。鎌倉時代に再建に近い修理を受け、昭和40年(1965)から3年間、大規模な解体修理・修復が行われましたが、奈良時代の木材も残されています。明治34年(1901)に国の重要文化財に指定されています。
海竜王寺西金堂

海竜王寺経蔵(国重文
 海竜王寺の経蔵は真言律宗の宗祖で西大寺などを中興した叡尊(えいぞん)により、正応元年(1288)に建てられています。叡尊の年譜(「興正菩薩行実年譜」)に、正応元年(1288)海龍王寺の堂宇を修造し、経蔵を新築したことが書かれています。昭和40年(1965)から3年間かけて大規模な解体修理・修復が行われています。
海竜王寺経蔵
 経蔵は間口3間、奥行2間、単層、寄棟造り、本瓦葺きで、高床式になっています。この時期の建物の特徴である大仏様の影響を大きく受けていながらも一部には禅宗様が取り入れられています。明治40年(1907)に国の重要文化財に指定されています。
海竜王寺経蔵

海竜王寺五重小塔(国宝)
 海竜王寺五重小塔は相輪を含めた総高が4.01m、相輪を除く高さは2.85mの小塔です。工芸品としてではな、建造物として昭和26年(1951)に国宝に指定されています。実物の塔の10分の1のスケールで造られ、元興寺五重小塔とともに、天平期の五重塔の姿を現代に伝えています。
海竜王寺五重小塔
 五重小塔は天平年間(729-749)に造られています。創建当時から西金堂内に安置されていたようです。本瓦形板葺きの、三間五重塔婆で、細部は天平時代のかなり早い時期の手法を用いられ、上層部にいくにしたがって塔身が 細く造られています。五重小塔の内部には鎌倉時代の法華経が2巻納められていました。これも小塔の附けたりとして国宝に指定されています。
海竜王寺五重小塔

海竜王寺本堂
 海竜王寺の本堂は江戸時代の寛文6年(1666)に再建された建物で、奈良市指定文化財です。奈良時代に建っていた中金堂の位置に建てられています。深い軒の出と勾配の緩い屋根、それに堂内の整然とした柱配置など、奈良時代の仏堂の様式を踏襲しています。国重文の本尊十一面観音立像や文殊菩薩立像などを安置しています。
海竜王寺本堂

海竜山寺表門
 海竜山寺の表門は切妻造り、本瓦葺きの四脚門で、16世紀に再建された門で、左右の築地塀とつなげられています。控柱の角の欠き取り部分(面)が大きく、屋根の垂木の先が反り増しているなど、中世建築の様式を今に伝えています。表門は本堂とともに奈良市の有形文化財に指定されています。
海竜山寺表門

東金堂跡
  東金堂は創建当時には西金堂と向かいあって建てられていました。明治時代の廃仏毀釈で壊され、現在は基壇の跡を残すのみとなっています。創建当時には東金堂にも五重小塔が納められ、東西の両小塔が伽藍を形成していたそうです。
東金堂跡


 奈良県の旅と歴史へ   旅と歴史トップページへ 


直線上に配置

SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO