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奈良の旅と歴史
奈良の旅    奈良市

霊山寺
りょうせんじ(れいざんじ)(りょうぜんじ)
奈良県奈良市中町3879
Tel 0742-45-0081


 登美山(とみやま)鼻高(びこう)霊山寺は戦後、真言宗より分派独立した古義真言宗の一派、 霊山寺真言宗の総本山です。古くは登美と呼ばれていたこの地は敏達天皇の頃より小野家の領有地でした。小野妹子の息子の右大臣・小野富人(とみひと)は、壬申の乱に関与した事で弘文元年(672)官を辞して、登美山檜森に閑居しました。
 天武12年(684)、富人は熊野本宮に参籠し、薬師如来を感得し、登美山に薬草湯屋を建て薬師如来像を安置し、鼻高仙人と称され尊崇されたそうです。天平6年(734)、大地震があり、驚いた孝謙皇女が病にかかった時、聖武天皇の夢枕に鼻高仙人が現れ、湯屋の薬師如来に祈念すれば病は治ると告げられました。
  行基が代参祈願したところ、皇女の病が快癒したため、天平6年(734)、聖武天皇は行基に大堂の建立を勅命しました。天平8年(734)に来日したインドのバラモン僧・菩提僊那(ぼだいせんな)が登美山の地形がインド霊鷲山に似ているところから霊山寺と名付け、創建されました。
 創建時、霊山寺は法相宗のお寺だったようですが、平安時代、弘法大師空海によって真言宗の教えがもたらされ、以降は法相宗と真言宗の兼学道場になったそうです。鎌倉時代には北条氏の庇護を受けて堂宇の整備が行われ、21もの僧坊を持つ大寺として繁栄しました。その後も保護されましたが、明治の廃仏毀釈などで寺域は半分になり、多くの仏像を失いました。
 国宝の本堂には藤原時代作の薬師三尊像や、阿弥陀如来坐像、大日如来坐像、十二神将立像、持国天立像、多聞天立像など、国重文指定の優れた仏像を安置しています。三重塔、鐘楼、十六所神社本殿、境内社住吉神社本殿、境内社龍王神社本殿も国の重要文化財に指定されています。


霊山寺薬師湯殿
 霊山寺の薬師湯殿は小野富人によって開かれました。薬草を栽培し、薬師如来を祀って薬草風呂を施湯し、聖武天皇も鳥狩りの折、また光明皇后も入湯されたと伝えられています。1300年の昔から延々と続いてきた薬師湯は霊山寺が経営する浴場になり、トウキ・センキョウなどの天然成分のみを使った薬湯になっています。
霊山寺薬師湯殿

霊山寺八体仏霊場
 霊山寺には八体仏霊場が平成3年(1991)に造られています。生まれ年干支、生まれ日星座の お守り本尊です。右側より、阿弥陀如来(戌・亥年)、不動明王(酉年)、大日如来(未・申年)、普賢菩薩、勢至菩薩(午年)、文殊菩薩(卯年)、虚空蔵菩薩(丑・寅年)、千手観音菩薩(子年)です。
霊山寺八体仏霊場

霊山寺開山大師堂
 霊山寺の開山大師堂は昭和28年(1953)に改新築された建物です。古くは開山した行基菩薩を祀っていました。高野山真言宗に属した江戸時代より弘法大師空海を本尊とし、歴代徳川将軍の位牌を祀っています。
霊山寺開山大師堂

霊山寺三重塔(国重文)
 霊山寺の三重塔は檜皮葺きの三間三重塔婆で高さは17mです。室町時代前期の文和5年(1356)に建てられています。ゆるやかに反った深い屋根と、長い相輪が特徴です。鎌倉期の純和様式で、初層内部の来迎壁には、極彩色の壁画が、色鮮やかに残されています。明治32年(1899)に国の重要文化財に指定されています。
霊山寺三重塔

霊山寺行者堂
 霊山寺の行者堂は役行者(えんのぎょうじゃ)である神変大菩薩を本尊として祀り、脇侍に不動明王と青面金剛、蔵王権現を祀っています。平安時代、霊山寺の乗阿上人が理源大師に従って大峯山の再興に尽力し、大峯山方の正大先達の筆頭となりました。それ以来毎年9月15日には柴燈護摩法要が行われています。
霊山寺行者堂

霊山寺弁天堂
 霊山寺の弁天堂は大弁財天の本地仏聖観世音菩薩を本尊として祀り、脇侍に不動明王、毘沙門天を祀っています。弘法大師が駐留していた時、大龍神の霊験を感得し、大龍神を弁才天として奥之院へ勧請したものを、昭和10年(1935)に現在の場所に移し現世利益の道場として建立しました。
霊山寺弁天堂

弁財天黄金殿
 弁財天黄金殿は弁天堂の奥本殿として、昭和36年(1961)に造られました。堂の内外22回下地漆塗をし、3枚掛の金箔押が施されています。大弁財天を祀っています。
弁財天黄金殿

弁財天白金殿
 弁財天白金殿は黄金殿の隣にあります。昭和52年(1977)に建てられました。堂の内外に22回下地漆塗をし、その上にプラチナの箔押が施されています。円照尼と眷属大龍神を祀っています。
弁財天白金殿

霊山寺本堂(国宝)
 霊山寺の本堂は昭和28年(1953)に国宝に指定されています。鎌倉時代後期の弘安6年(1283)に建てられています。昭和17年(1942)に解体修理が行われています。間口5間、奥行6間、単層、入母屋造り、本瓦葺きで、正面に1間の向拝を付けています。
霊山寺本堂
 本堂は鎌倉後期における密教本堂の典型的な建物で、日本古来の和様を踏襲しています。堂内は外陣、内陣、脇陣からなり、外陣は室内に柱がなく、天井は折上小組格天井です。 正面3間と側面を蔀戸(しとみど)とし、正面両脇間は板戸を入れてあります。上には吹寄菱格子欄間があります。
霊山寺本堂
 一段、高い内陣の中央には須弥段があり、本尊薬師如来を納める厨子を置いています。厨子の左右には持国天像、多聞天像、十二神将像を安置し、外陣にも大日如来坐像と阿弥陀如来坐像を祀っています。これらの仏像と厨子は、いずれも国の重要文化財に指定されています。
霊山寺本堂

霊山寺鐘楼(国重文)
 霊山寺の鐘楼は本堂の斜め前にあります。室町時代中期の応永から文正年間(1393-1466)頃に建てられたようです。間口1間、奥行1間、入母家造り、檜皮葺きで、袴腰が付いています。梵鐘は寛永21年(1644)の鋳造で、霊山寺の沿革と由来を伝えています。鐘楼は昭和18年(1943)に国の重要文化財に指定されています。
霊山寺鐘楼

十六所神社
 十六所神社は本堂の北の高台にあります。明治の神仏分離以前は霊山寺の鎮守社で十六所権現と呼ばれていました。5つの社殿が覆屋の中で並んで鎮座しています。左から春日社、住吉社、本社、龍王社、大神宮で、中央の住吉社、本社、龍王社は国の重要文化財に指定されています。
十六所権現

十六所神社本殿(国重文)
 十六所神社の本殿は室町時代前期の至徳元年(1384)に建てられています。檜皮葺きの一間社春日造りの社殿です。大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。
十六所神社本殿

十六所神社境内社・龍王神社本殿(国重文)
 十六所神社の境内社・龍王神社本殿は室町時代前期の至徳年間頃(1384-1386)に建てられています。檜皮葺きの一間社春日造りの社殿です。大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。
龍王神社本殿

十六所神社・境内社住吉神社本殿(国重文)
 十六所神社の境内社・住吉神社本殿は室町時代前期の至徳3年(1386)に建てられています。檜皮葺きの一間社春日造りの社殿です。大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。
住吉神社本殿


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