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奈良の旅
奈良市
西大寺
さいだいじ
奈良県奈良市西大寺芝町1-1-5
Tel 0742-45-4700
西大寺は天平神護元年(765)、称徳天皇の勅願により東大寺に対する西の大寺として、常騰(じょうとう)を開山とし創建されました。
称徳天皇は藤原仲麻呂の反乱の鎮圧や鎮護国家と平和祈願のため、7尺の金銅四天王像の造立を発願されました。この像は西大寺四王堂に今も安置されていますが創建当時のものは足元に踏みつけている邪鬼だけだということです。
創建時の西大寺は薬師、弥勒の両金堂をはじめ東西両塔、四王堂院、十一面堂院など、実に百十数宇の堂舎が建ち並ぶ壮大な伽藍を持ち、南都七大寺の1つに数えられる大寺院だったそうです。
承和13年(846)以後何度も火災にあい、創建当時の建物はほとんど焼失しました。鎌倉時代に興正菩薩叡尊(こうしょうぼさつえいそん)によって復興され、密・律兼修の根本道場として伽藍が整備されました。
平安時代には、火災や台風で多くの堂塔が失われ、寺は興福寺の支配下に入っていました。文亀2年(1502)の火災で最も大きな被害を受け、現在の伽藍はすべて江戸時代以降建てられたものです。
本堂は寄棟造、本瓦葺で、文化5年(1808)に再建されました。土壁を一切用いないで、装飾性の少ない伝統的な様式です。江戸時代後期の大規模仏堂建築の代表作として、国の重要文化財に指定されています。
本堂
愛染堂は、本堂の南西に立つ寝殿造の建築です。京都の近衛政所の御殿を宝暦12年(1762)に移築したものだそうです。秘仏の愛染明王坐像(重文)は宝治2年(1247)、仏師善円が作り、日本の愛染明王像の代表作になっています。
愛染堂
四天堂は延宝2年(1674)に再建された堂宇です。四天王立像(重文)は称徳天皇発願の四天王像で足下の邪鬼のみ創建当時の物です。また平安時代後期の十一面観音立像(重文)も安置しています。
四天堂
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