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奈良の旅と歴史
奈良の旅    大和郡山市

郡山城
こおりやまじょう
奈良県大和郡山市城内町


 郡山城は平山城で戦国大名筒井順慶により築城されました。豊臣政権では秀吉の弟秀長の居城となり、江戸時代には大和郡山藩の藩庁が置かれました。
 天正8年(1580)大和一国を領した筒井順慶は筒井から郡山に移り、ここに居城を築きましたが36歳の若さで没しました。
 順慶の死後、養子の定次は伊賀上野に転封となり、天正13年(1585)豊臣秀吉の弟秀長が大和・和泉・紀伊三ヵ国百万石の領主として郡山城に入りました。秀長は大規模な築城を行ない城下町を発展させました。
 増田長盛、筒井定慶、水野勝成、松平、本多を経て、享保9年(1724)柳沢吉保の長男、吉里が甲府から移封になり、明治まで柳沢家が治めました。
 天守台の裏手、北側の石垣には、付近から徴用されて築城に使われた数多くの石地蔵が、石垣に組み込まれたまま城下の人々により祀られています。中には逆さになった状態で石の間に埋もれている逆さ地蔵も含まれています。
 市内東部の平城京羅城門の礎石などもあり、石が足りず使ったのか、社寺の力を抑えるためにわざと使用したのか論議されています。


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