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京都の旅と歴史
京都の旅    泉佐野市

火走神社
ひばしりじんじゃ
大阪府泉佐野市大木1534
Tel 072-459-7511


 火走神社は式内社の古い神社で、祭神は「火の神」である軻遇突智命(かぐつちのみこと)です。神職が燃える火の上を走り渡る神事から火走神社と名付けられたといわれます。明治以前は犬鳴山七宝瀧寺と一体であったため瀧大明神とも呼ばれました。ともに葛城修験道の根本道場でした。
 文亀元年(1501)に日野庄の支配のため下向した九条政基の日記「政基公旅引付」や、江戸時代の寛政8年(1796)に刊行された「和泉名所図会」に瀧宮、瀧大明神という名で載っているそうです。明治41年(1908)に周辺の神社を多く合祀し、戦後も丹生神社「稚日女尊」を合祀しています。
 拝殿の奥に小さな社殿が三殿が並んでいます。中央に鎮座しているのが市指定文化財の火走神社本殿です。その右隣には、国重文の摂社・幸(みゆき)神社本殿があります。境内は「日根荘遺跡」の1つとして国史跡に指定されています。


火走神社本殿
 火走神社の本殿は一間社、春日造りで、江戸時代前期の元和8年(1622)に建てられています。泉佐野市の有形文化財に指定されています。彫刻・絵画・彩色に泉南地方の特色を残しています。木鼻の種類も多く前面に彫刻を施し、頭貫を紅梁形として絵様をつけています。柱や海老紅梁に禅宗様の影響が見られ、部材には幾何学模様・金襴巻等の彩色を施しています。
火走神社本殿

火走神社摂社幸神社本殿(国重文)
 火走神社の摂社である幸(みゆき)神社本殿は本殿の向かって右側の社殿です。銅板葺きの、一間社春日造りです。室町時代後期の応仁から元亀年間(1467-1572)頃に建てられたと考えられています。細部に古制がよく保存され、組み物は柱にくらべて大きく力量感にあふれています。
火走神社幸神社本殿
 部材の大きな面取りや繋紅梁(つなぎこうりょう)・木鼻(きばな)・蟇股の様式、軒桁の反り増し、はね高欄などに室町時代の特色がよく出ています。正面の板扉、背面の妻組(つまぐみ)も本殿と比較して古式です。部材、壁面に彩色を施し絵を描いています。幸神社本殿は平成5年(1993)に国の重要文化財に指定されています。
火走神社幸神社本殿


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