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大阪の旅と歴史
大阪の旅       泉佐野市

慈眼院
じげんいん
大阪府泉佐野市日根野626
Tel 072-467-0092


 大悲山慈眼院は真言宗御室派のお寺です。近世末までは、隣接する日根神社の神宮寺でした。天武天皇2年(673)、天皇の勅願寺として、井堰山願成就寺無辺光院の名で覚豪により開創されたそうです。
 奈良時代の天平年間、聖武天皇の勅願寺となり、弘法大師が来住し、弘仁6年(815)、 多宝塔、金堂をはじめとする諸堂が再興されたといわれます。南北朝の正平8年(1353)、戦火を受けて焼失し、その後、後村上天皇と後亀山天皇の勅命により再興されています。
 天正13年(1585)、豊臣秀吉の根来寺攻めの兵火を受けて全山が焼失、わずかに金堂、多宝塔が残りました。その後、慶長7年(1602)、豊臣秀頼により伽藍が再興されました。国宝の多宝塔は、石山寺、高野山金剛三昧院の塔と並ぶ日本3名塔の一つで、金堂は国の重要文化財に指定されています。また境内は「日根荘遺跡」の一部として国の史跡に指定されています。


慈眼院多宝塔(国宝)
 慈眼院の多宝塔は石山寺、金剛三昧院とともに、日本3名塔に数えられています。檜皮葺きの、三間多宝塔で、鎌倉時代前期の文永8年(1271)に建てられています。初層の一辺が9尺(2.7m)という小さめな塔です。初層内部には大阪府指定文化財の大日如来坐像が安置されています。
慈眼院多宝塔
 全高10mあまり、泉佐野市唯一の国宝建築物です。 多宝塔の内部には四天柱はなく、大日如来像を安置する須弥壇の背後に来迎壁があるだけです。須弥壇は、二段に組まれた仏壇の周囲に擬宝珠付きの高欄を巡らしています。慈眼院多宝塔は昭和28年(1953)に国宝に指定されています。多宝塔と同時期に建造された擬宝珠付きの高欄も、附指定で国宝に指定されています。
慈眼院多宝塔

慈眼院金堂(国重文)
 慈眼院の金堂は多宝塔の西にあり、毘沙門堂、一願薬師堂とも呼ばれます。間口3間、奥行3間、単層、寄棟造り、本瓦葺きの建物で、正面に1間の向拝を付けています。鎌倉時代後期の建治から元弘年間(1275-1332)頃に建てられています。
慈眼院金堂
 四方に縁を回し、軒の高さは3.7m、軒高は7m余りあります。外観は極めて単純ですが、小堂ながら鎌倉期の端正さをよく現わしています。また柿経(笠塔婆)が保存されています。慈眼院金堂は明治36年(1903)に国の重要文化財に指定されています。
慈眼院金堂

慈眼院の姥桜
 慈眼院の姥桜(うばざくら)は本堂西の築地塀の外、日根神社の参道に面しています。根回り3mの旧主幹は、内部が朽損し空洞化しています。しかし地上から2mのところから3本の支幹が出ています。慈眼院所蔵の元禄3年(1680)の慶長年間(1596-1611)の古絵図にも描かれている老木です。姥桜は大阪府の天然記念物に指定されています。
慈眼院の姥桜


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