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大阪の旅と歴史
大阪の旅       交野市

北田家住宅
きただけじゅうたく
大阪府交野市私部1−25−5


 北田家は江戸時代、私部村を治めるようになった畠山氏の頃から庄屋を務め、18世紀前半には代官職も担った家柄です。地元では代官屋敷と呼ばれているこの住宅は、3768平方mという広い敷地で、四方が土塀で囲まれています。
 「いたら見てこい北田はんの屋敷。四角四面のよい屋敷」と地元の子守唄にも唄われたそうです。主屋、長屋門、乾蔵、北蔵の4棟が国の重要文化財の指定を受け、土塀、撥木納屋、家相図(2枚)が附指定されています。


北田家住宅長屋門(国重文)
 北田家住宅の長屋門は間口55.8m、奥行4.9mという民家の長屋門としては日本最大の門です。桟瓦、本瓦葺きで、入母屋造り、2階建てで、山根街道に東面して建てられています。江戸末期の天保14年(1843)に建てられたもので、昭和54年(1979)に国の重要文化財に指定されています。
北田家住宅長屋門

北田家住宅主屋・乾蔵・北蔵(国重文)
 北田家住宅の主屋・乾蔵・北蔵も昭和54年(1979)に国の重要文化財に指定されています。主屋は間口22.2m、奥行10.9m、入母屋造りで、玄関と奥座敷があります。寛文から寛延年間(1661-1750)頃に建てられたと思われています。
北田家主屋・乾蔵・北蔵
 乾蔵(いぬいぐら)は間口9.9m、奥行4.0m、2階建て、切妻造り、本瓦葺きの蔵で、土蔵造りです。江戸時代中期の享保7年(1722)に建てられています。北蔵も土蔵造りで、間口3.9m、奥行3.9m、2階建て、切妻造り、本瓦葺きです。江戸時代後期の天明5年(1785)に建てられた建物です。
北田家主屋・乾蔵・北蔵


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