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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    愛知郡秦荘町

金剛輪寺
こんごうりんじ
滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺874
Tel 0749-37-3211


 金剛輪寺は百済寺、西明寺とともに湖東三山の一つです。金剛輪寺は聖武天皇の祈願寺として天平13年(741)に行基によって開かれたといわれています。本尊の聖観世音菩薩は行基自ら彫ったといわれ、途中で赤い血が出たことから、「生身の観音さま」と呼ばれているそうです。
 嘉祥年間(848-851)に最澄の弟子である慈覚大師(円仁) によって中興され、天台宗のお寺として平安時代から鎌倉・室町時代にかけて隆盛を極めたそうです。近江源氏佐々木氏の厚い崇敬を受け、多くの坊舎が建ち並んでいたそうです。源義経は義仲追討の武運必勝を祈願して、当寺に太刀を寄進しています。
 応仁の乱後の戦乱で衰微し、信長の焼き討ちに遭いましたが、寺僧の機転で本堂、三重塔、二天門などは被害を免れて現在に至っています。江戸時代には、彦根藩主や天海僧正などの庇護を受け、寛永頃から堂宇の修復が続けられ、寛文4年(1664)には堂宇は本堂を含めて7宇、24坊でした。
 鎌倉時代建立の本堂は国宝に、三重の塔、二天門は国の重要文化財に指定されています。金剛輪寺の本坊である明寿院の庭園は国の名勝に指定されています。彫刻、工芸品、聖教類など、多種多様の文化財が残されていて「文化財の宝庫」 と呼ばれています。


金剛輪寺惣門
 金剛輪寺の惣門は一山の入口にあたり、黒門とも呼ばれています。天保7年(1836)に改築された門です。大工は大津坂本中西長蔵、木挽は犬上郡川相村木下経右衛門です。惣門の左に下馬標、右側に石灯篭があります。
金剛輪寺惣門

金剛輪寺赤門
 金剛輪寺の本坊明寿院の西門は別名「赤門」といわれる一間一戸の薬医門です。壁が赤土で塗られているためにこの名がついたようです。切妻造り、桟瓦葺きで、両袖に塗壁の塀をつけています。
金剛輪寺赤門

明寿院庭園(国名勝)
 明寿院は金剛輪寺の本坊です。最盛期には24もの坊があったそうです。現在は正泉坊を引き継いだ明寿院と西光寺、常照院の3坊のみです。庫裏、書院、護摩堂、茶室・水雲閣が建てられ、国指定名勝の庭園は松尾山の自然を組み込んで造られ、書院を中心に3つの池庭が連続しています。
明寿院庭園
 南池は桃山時代、主庭の東庭は江戸時代初期、北庭は江戸末期の作といわれています。
 南庭は小さな池ですが、出島には板石3枚を使って巧みに橋を架けています。その奥には立石を主とした滝石組が見られます。
明寿院庭園
  東庭は、本庭園の中心で、正面奥の高所に段をもつ滝を設け、この滝のやや右よりの池の中に中島を配しています。また趣の異なるもう一つ滝は奥行きを感じさせます。北庭は池泉に舟石、石橋があり、奥には小中島を配しています。どの庭も背景に豊かな樹木が配され、四季折々の景観を現在に伝えています。
明寿院庭園

茶室水雲閣
 茶室の水雲閣は明寿院庭園の右手の少し高いところに建てられています。文政3年(1830)の建立で、待合の格天井には、四季の草花36種類が描かれているそうです。この水雲閣は赤報隊の志士が密談した所として有名です。赤報隊は西郷隆盛や岩倉具視の支援を得て、慶応4年(1868)、隊長は相楽総三、公家の滋野井公寿と綾小路俊実を擁し、結成されました。
茶室水雲閣

金剛輪寺二天門(国重文)
 金剛輪寺の二天門は惣門から約400mの参道を登り、最後の45段の急な石段をあがったところに建てられています。参道には「千体地蔵」といわれる約2000体もの小さな地蔵が祀られています。室町時代の元亀3年(1572)に建てられた二天門は、左右に増長・持国の二天を安置し、大草鞋が掛けられています。
金剛輪寺二天門
 二天門は間口3間、奥行2間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの建物です。二天門は室町時代中頃に建てられています。当初は楼門でしたが江戸時代中頃に2階部分を取り壊し、現在の単層にしたそうです。昭和36年(1961)に国の重要文化財に指定されています。
金剛輪寺二天門

金剛輪寺本堂(国宝)
 金剛輪寺の本堂は「大悲閣」と呼ばれています。北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をし、霊験に感謝して、弘安11年(1288)に再建された建物です。間口7間、奥行7間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きです。須弥壇金具銘に弘安11年(1288)と刻まれ、建立年代が特定されましたが、唐様の建築様式も用いられ、室町時代初期に大修復されたと考えられています。
金剛輪寺本堂
 密教本堂の通例で内部は内陣と外陣に分けられています。内陣の天井は山型の化粧屋根裏で、外陣は棹縁天井と異なっています。内陣との境は吹寄菱格子の欄間と格子戸です。内陣には大きな須弥壇を置き、その中央には入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの厨子があり、秘仏の本尊聖観音立像を安置しています。
金剛輪寺本堂
 妻飾(つまかざり)は豕扠首(いのこさす)を組み、内外に長押(なげし)を廻し、正面は蔀戸(しとみど)を入れるなど全体的には和様建築様式です。内部の組物の一部に、13世紀に伝来した禅宗様式の挙鼻(こぶしばな)が使用されています。本堂は厨子1基が附指定で昭和27年(1952)に国宝に指定されています。
金剛輪寺本堂

金剛輪寺鐘楼
 金剛輪寺本堂に向かって右手に鐘楼が建てられています。ここに掛けられている梵鐘に造鋳を示す長文の刻銘があり、鎌倉時代に造られたことが記されています。
金剛輪寺鐘楼

金剛輪寺三重塔(国重文)
 金剛輪寺の三重塔は三間三重の塔婆で、檜皮(ひわだ)葺きです。明徳3年(1392)に建てられましたが、初層と二重の一部だけを残すのみでした。昭和47年(1972)に旧相輪部分14個とともに、国の重要文化財に指定され、昭和53年(1978)に西明寺の三重塔などを参考に、復元されました。
金剛輪寺三重塔


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